「新築建物への再生可能エネルギー導入について」東京都環境建築フォーラム・講演要旨(前編)
東京都は2024年9月12日(木)、環境に配慮した新築建築物の普及を目的に「東京都環境建築フォーラム」を開催しました。
「新築建物への再生可能エネルギー導入について~デザイン段階から日射ポテンシャルを最大活用~」をテーマに、専門家の基調講演や民間企業による先進事例の紹介などを実施。都庁の会場とオンラインによるハイブリッド形式で行われました。
この記事では、同フォーラムで実施した各講演の要旨をご紹介します。
東京都環境建築フォーラムとは?
「東京都環境建築フォーラム」は、環境に配慮した新築建築物の普及を目的に専門的な知見や先進事例などを紹介する取り組みで、東京都が2010年度から開催しています。
これまでには、
▽新築建物における自然災害への適応~レジリエントな建築物を目指して~(2023年度)
▽ゼロエミッションビルディングの拡大に向けて~エンボディド・カーボン削減の重要性~(2022年度)
などのテーマで、専門家の講演や事例紹介を行ってきました。
2024年度の開催概要
関威・東京都環境局建築物担当部長のあいさつ(事前収録)を聴く参加者ら
13回目の開催となる2024年度は、東京都で2025年4月から新築建物への太陽光発電設備等の再生可能エネルギー(以下、再エネ)利用設備設置を義務化する条例が施行されることを念頭にテーマを選定。
基調講演では東京大学の高村ゆかり教授が登壇し、再エネの重要性などについてデータや政策の観点から解説しました。その後、民間企業2社から、再エネ技術を導入した特徴的な建築物として、住宅分野と非住宅分野それぞれの事例が紹介されました。
【開催日】
2024年9月12日(木)
【テーマ】
新築建物への再生可能エネルギー導入について~デザイン段階から日射ポテンシャルを最大活用~
【基調講演】
「再生可能エネルギー導入拡大の重要性と今後の展望」
高村ゆかり氏(東京大学未来ビジョン研究センター教授)
【事例紹介】
▽住宅
「Brillia深沢八丁目における住棟『ZEH-M』・全住戸『ZEH』の実現に向けた再エネの取組について」
西池拓人氏(東京建物株式会社 住宅事業第二部 事業推進2グループ)
▽建築物
「次世代まちづくりを見据えた『温故創新の森NOVARE』におけるカーボンニュートラルに向けた再エネの活用」
野崎紘平氏(清水建設株式会社 設計本部 設備設計部2部)
【基調講演・要旨】
再生可能エネルギー導入拡大の重要性と今後の展望
高村ゆかり氏(東京大学教授)
再エネ導入の重要性について語る高村ゆかり東京大学教授
排出量削減目標と現状のギャップが世界課題
なぜいま建築物における脱炭素の関係で、再エネ導入が重要なのかをお話ししたい。
世界的にいま、温室効果ガス(以下、GHG)の排出を実質ゼロにする、カーボンニュートラルを多くの国が目標に掲げ、取り組みを進めている。COP(国連気候変動枠組条約締約国会議)やG7、G20では、工業化前と比べて世界の平均気温の上昇を1.5℃までに抑える努力をするという「1.5℃目標」が共通の目標となっている。
IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の最新の報告書によると、この目標を達成するためには、2030年にGHG排出量を43%削減(2019年比)する必要があるという分析をしている。しかし、そのためには現在の排出削減量では足りていない。このギャップをどう埋めていくかが国際的な課題だ。
日本のエネルギー消費量を考えたとき、全体の約3割は建築物由来。その意味で、建築物対策は非常に重要といえる。
目標達成には太陽光発電拡大とエネルギー効率化が重要
2030年までの目標とのギャップをどのように埋めるかという分析をIEA(国際エネルギー機関)が行っている。それによると、“いまある技術”をどれだけ使い倒し、排出を減らしていくかがカギになるという。同時に、2030年以降に向けて、新たなソリューション技術をどうやって作り出していくかというところにも注力していく必要がある。
“いまある技術”でいうと、同分析では「太陽光・風力発電の拡大」「エネルギー効率の改善」などによって排出量を削減することが重要としている。
その理由の1つは、コストが変わってきているということ。世界的に太陽光発電や風力発電にかかるコストは低下している。
それから、現在はエネルギー価格が高止まりしている。そのため、エネルギー効率のいい照明や機器などの導入により、建物がエネルギーを使わないようにするだけで、いわば“元が取れる”、コストに見合ったプラスの便益を得ることができると言える。
大きなギャップを埋めていく対策は簡単ではないが、そのために必要な技術は以前よりも社会に普及しやすくなっている。
日本のGHG排出量は徐々に減少しており、このままのペースでいくと2030年度には40%削減(2013年度比)を達成できるくらい順調に進んでいる。当然、対策をとっているから削減されているのであって、今後、さらにどういう対策を追加していくかが非常に重要になる。
太陽光発電の導入促進は温暖化対策を超えた施策
政策の観点では、2023年以降、GX(グリーントランスフォーメーション)の取り組みが国の大きな政策方針として打ち出されるようになった。GXとは端的に言うと、化石燃料からグリーンエネルギー中心の社会・産業への転換を目指すこと。
これは単にエネルギー転換の話だけでなく、エネルギーの安定供給、さらには脱炭素に向かってマーケットのニーズを創出し産業力を強化する、という意味合いも強く帯びた政策となっている。
特に、GX推進法の中でも定められているが、炭素の排出に価格付けをするカーボンプライシングが2026年度から開始し、「排出量取引制度」に加えて、2028年度からは「炭素に対する賦課金」が導入される。つまり、建築物が炭素を排出してしまう構造であればあるほど、それに応じたコストがかかる仕組みになるということだ。
こうした状況を踏まえて、東京都では条例を改正し、中小規模の住宅も含め新築建築物を供給する事業者に、太陽光発電設備の設置について義務的な目標を持ってもらう制度が導入される。
太陽光発電の導入を推進する理由、まず1つは気候変動対策。将来の気候変動の影響・リスクを小さくしていく。特に建物由来の排出を減らしていくというのは非常に重要である。
それから、災害時のレジリエンスという観点。台風、豪雨、地震など大きな自然災害に備え、停電時に最低限のエネルギーを自分たちでまかなえるような仕組みは重要性を増している。
もう1つ、エネルギー効率の高い建物は住民の健康にも良いとされている。
そういう意味で、東京都が新築建物に太陽光設備の搭載を推進する措置は、単なる温暖化対策というのを超えた、導入する側にとっても、都市・地域にとっても、そして住む人の健康にも寄与する対策として期待している。
企業と地域の価値・競争力を高めるチャンスに
企業の目線でもう1つ追加すると、気候変動対策をはじめとした環境、人権などの社会問題について、企業が「どのように対応し、考えて、経営しているか」ということに金融機関や投資家は注目している。そのための情報を開示するルールを国がつくって、一定規模の企業に義務化していこうという動きがある。国際的な基準を基に日本版の基準策定が進められている。
その中で、気候変動分野において注目は、バリューチェーン全体におけるGHG排出量の管理、把握、開示が求められるということ。原材料の調達、輸送、下加工する企業の排出量、それからお客様が使った後に廃棄するまでの排出量、これらを把握して、削減して、できればゼロに持っていくことを目指す。そういう取り組みが始まる。
となると、当然、サプライヤーとして取引先に入っている企業も対応が求められる。排出量を把握し、削減していくための取り組みとして、やはり建築物への再エネ導入というのは重要になってくる。
これはビジネスチャンス、プラスにしていく機会でもあるということ。
いま、将来に残す建築物・インフラをしっかりと脱炭素でレジリエントなものにしていく。それが企業、そして企業が活動する場である地域の価値を向上させ、競争力を支えることにつながると考えている。
エネルギー消費地としての都市の責任は大きい
【質疑応答】
Q.太陽光発電などの再エネを大都市である東京で増やしていく意義と課題は?
A.高村教授
23区、多摩地区、島しょ地区と分けて考えるとそれぞれで異なるが、都市圏を念頭に置くと、大きな課題の1つは“スペース”。
例えば戸建て住宅に太陽光発電や風力発電の設備をどのように置くか。今回の東京都の条例改正においても、建築物を上手く使っていくことがポイントになる。
重要な観点としてはレジリエンス。建物と一体型の再エネを導入することにより、災害時に最低限のエネルギーをまかなえるようにするのは重要で、日本のように災害が相対的に多い地域において、都市で太陽光発電など再エネを導入していく意義はここにある。蓄電池・EV(電気自動車)などと組み合わせるとより効果が高まると思う。
もう1つ。都市地域で消費するエネルギーも、製品も、財も、その多くは都市域外から持ってきて使っている。都市がいかに自分たちでエネルギーを調達、あるいは財を調達できるかによって、周辺地域に及ぼす影響が変わる。その意味で都市の責任は大きい。
都市は「自分たちがどうするか」で日本や世界の問題解決に貢献できるポテンシャルを持っている、という認識が必要だと思う。
Q.日本全体で再エネ導入を増やしていくうえで、東京、自治体、企業、都民が果たすべき役割は?
A.高村教授
都市が消費するエネルギーは非常に大きい。いま国では、大きな需要地の電力を補完する再エネとして、洋上風力の開発と送電線の対応を考えているが、それには大きな送電ネットワークが必要になる。それは同時に、電力会社を通じてわれわれの電気料金に返ってくる。
いかに都市が「自分たちでエネルギーをまかなえるか」というのは、日本全体の電力コストを合理的に最適化する意味でも重要だと思う。
【続】
(建設データブログ編集部)