日本の住宅が変わる新・省エネ基準《建築物省エネ法改正の背景とは》

【Written by 独学一級建築士 nandskさん】
「日本の住宅は質が低い」というのは、住宅産業界隈では昔から言われていたことですが、ここへ来て大きな転換点を迎えています。2025年4月には改正建築物省エネ法が施行され、以降に着工する建築物は原則、住宅も含めすべて省エネ基準への適合が義務化されます。
時代とともに、日本の住宅産業も変わらざるを得なくなったというわけですね。今回は、これから日本の住宅が具体的にどう変わっていくのかを見ていきましょう。
低気密低断熱の日本の家
もともと、日本では夏の高温多湿に対応することを優先して住まいづくりを進めており、冬の寒さにはたくさん着込んで対応する、という考えが基本でした。
また、地震などの災害も多いことから、「質の高い家をつくって長期間住む」という考えがありませんでした。同時に、戦後の日本は住宅が不足し、とにかく量を供給する必要があったため、高品質の家というものをあまりつくってこなかったんです。
時代が進み、技術的にも住宅の耐震性能が当たり前になり、住宅の量も足りてきたところに、世界的には省エネやカーボンニュートラルなど環境への配慮が注目され始め、日本の住宅も対応が求められているのです。
UA値とC値
住宅の性能を図る指標として「UA値」と「C値」というものがあります。UA値は断熱性、C値は気密性を表す指標として、ハウスメーカーなどで説明を受けたことがある方も多いのではないでしょうか。
断熱性能の指標として、以前はQ値というのもあったのですが、今はUA値に統一されています。UA値は、外皮平均熱貫流率というもので、建物の外部の温度をどの程度、内部へ伝えてしまうかという指標です。
C値は相当隙間面積というもので、家にどれくらいの隙間があるかを数値で表しています。
いずれも数値が小さいほど性能が高いことを意味します。
省エネ対応へ向けて変わる日本の住宅基準
国が示すUA値の基準は、地域にもよりますが、東京都(省エネ地域区分「6地域」※)であればUA値0.87以下(断熱等級4)というのがかつては最高グレードでした。
このUA値0.87以下というのは、建築物省エネ法に基づく省エネ基準の数値であり、税制優遇を受けるための長期優良住宅という制度においても、かつてはUA値0.87以下が認定基準とされていました。
※以下、UA値はいずれも省エネ地域区分「6地域」の基準を表記
断熱等級5~7を新設
しかし、海外に目を向けるとフランスは0.36、ドイツは0.4、アメリカは0.43というのがUA値の基準で、しかもこの数値は法律で定める最低ライン。つまり、これよりUA値が高い建物を建てることは法的にNGということなんです。
これだけでも、日本の住宅の質がいかに低いかということがわかりますね。
これではまずいということで、2022年に断熱等級5(UA値0.6以下)という新たな基準を設置。さらに半年後には断熱等級6(UA値0.46以下)、断熱等級7(UA値0.26以下)も新設されました。またそれに伴い、長期優良住宅の認定基準も断熱等級4から5に引き上げられました。
さらに、2025年度からは建築物省エネ法の改正により、かつての最高グレードだった断熱等級4以上をすべての新築住宅に義務付けることが決まっています。
HEAT20が提唱する断熱性能のグレード
新たに設定された断熱等級は、HAET20の基準を参考にしています。HEAT20というのは、以前から日本の住宅の高断熱化を推奨していた組織で、正式名称は『2020年を見据えた住宅の高断熱化技術開発委員会』といいます。
このHAET20が提唱する断熱性能のグレードには3段階あり、最も下のG1でUA値0.56、G2でUA値0.46、G3でUA値0.26となっています。断熱等級とは若干数値が違いますが、おおむね同じような基準値になっていますね。
UA値だとわかりにくいかもしれませんが、G1では真冬でも室内は10℃以上、G2では13℃以上、G3では15℃以上と考えるとイメージしやすいでしょう。
気密性能の基準は?
気密性能を表すC値については、明確な基準はないものの、かつては1以下であれば優れた住宅といわれていました。
しかし、今は0.5以下が多くみられるようになり、測定値で0.1という超高気密住宅も施工され始めています。
高気密高断熱をどこまで目指すのか?
カーボンニュートラルの実現に向けて、省エネ対策を加速させている住宅業界ですが、では断熱等級7などの最高レベルを目指すべきなのでしょうか?
“住宅の健康”は室内温度10℃が目安
断熱等級7(HEAT20・G3相当)だと、真冬でも家の中は15℃以下にはなりません。さらに暖房などの熱源を使えば、すぐに建物内は20℃以上となり、快適になるでしょう。
ですが、本当にここまで必要かどうかは悩むところ。
“住宅の健康”という意味では、室内温度が10℃を下回ると結露が生じやすくなります。結露については、人がいないときでも生じさせないことが原則ですので、無暖房の間も室温が10℃を下回ることがないようにしたいです。
そうすると、断熱等級5、HEAT20・G1のUA値0.6というのが室温10℃を下回らない基準なので、1つの目安になりそうです。
WHOが提唱する冬季の最低室温は18℃
また、WHO(世界保健機関)の『住まいと健康に関するガイドライン』では、ヒートショックの予防において冬季の最低室温は18℃とされています。もちろん、冬は暖房器具をまったく使わないということはあり得ないので、断熱等級5、6くらいでも暖房を入れればすぐに18℃にはなるはずです。
高気密住宅であれば、一度温めた空気が外に逃げないので、断熱等級7までを目指さなくてもWHOの提唱する基準は満たせそうですね。
パッシブデザインを組み入れる
日本には、従来から風や太陽光など自然の力を活用して生活の質を上げる、という考えがあります。こういった考えは、エアコンなどの機械を使って快適な空間をつくる“アクティブデザイン”に対して、“パッシブデザイン”といいます。
高気密高断熱の家に全館空調機などを付けて、アクティブに制御していくのも一つの手法ですが、自然の力を活かしたほうが、より省エネで効率的です。パッシブデザインの考えは古くから日本で活用されてきており、日本の強みでもあります。
例えば、庭に落葉樹を植えるだけでもパッシブデザインといえます。夏は葉が生い茂って日差しを遮り、冬は葉が落ちるので日差しを遮りません。これだけでも自然の力を活かしたデザインです。
また、タスクアンビエントという考えもあります。人がいる空間をスポット的に快適にする手法で、例えば扇風機やこたつの活用などがこれに当たります。
こうした手法を取り入れていけば、住宅性能を高めることができるでしょう。さらに言うと、日差しを取り入れるハイサイドライト(高窓)、また畳などを利用すれば、体感温度としてはもっと快適になってきます。
まとめ
気候や時代背景などの特殊性からこれまでは低かった日本の住宅の質も、いまでは海外に負けないくらいに向上してきており、今後もますます変わっていくことになるでしょう。
ただし、高気密高断熱の質の向上も大切ですが、あまり性能値に踊らされることなく、「実際に体感として快適かどうか」という点に注目して家づくりを進めることも大切です。
UA値などの性能はもちろん重要ですし、海外に追いつけ追いこせというのも悪くはありませんが、建築家による工夫も盛り込みながら、より省エネな住宅を目指してみるのも良いでしょう。
著者:独学一級建築士 nandsk
独学により一級建築士に合格。住宅やアパートの設計・工事監理、特殊建築物の維持管理、公共施設の工事設計・監督の経験あり。二級、一級建築士試験受験者へのアドバイスも行っている。『建築の楽しさを多くの人に知ってもらいたい』と話す。


