【土木のプロが語る】ベタ踏み坂が「たいしたことない」と言われる理由と実際の角度
【この記事を執筆したのは…】
佐藤拓真さん
元準大手ゼネコン勤務|土木の現場監督7年|ブロガー兼Webライター|SNS総フォロワー2.3万名|出版書籍「仕組み図解 土木工事が一番わかる」
旅行先やSNSで話題になるスポットには、写真や映像だけで「えっ、本当にこんな場所あるの?」と驚かされるものがあります。
島根県と鳥取県を結ぶ「江島大橋」、通称「ベタ踏み坂」もその一つ。CMで一躍有名になったこの橋は、まるで空へ駆け上がるような急坂に見え、多くの人が「上るときはアクセル全開じゃないと無理なのでは?」と感じました。
ですが実際に走ってみると、「あれ、思ったよりたいしたことない?」という声も少なくありません。
では、なぜ映像ではあれほどインパクトがあるのに、実際に訪れると違った印象を受けるのでしょうか。本記事では、土木工学に精通した著者が、その秘密をわかりやすく解説しながら、ベタ踏み坂の正体に迫ります。
ベタ踏み坂とは?

「ベタ踏み」ってご存じですか?
これは、アクセルペダルを“ベタッと踏み込む”ことを意味する俗語で、車の運転において全力で加速することを指します。
そんな「ベタ踏み」が話題になったのが、あるCMです。
まるで空に向かってそびえ立つような、急勾配の橋がテレビなどで大きな反響を呼びました。
「えっ?本当にこんな橋あるの?」と思った方も多いことでしょう。
その橋こそが、島根県と鳥取県を結ぶ「江島大橋(えしまおおはし)」。通称「ベタ踏み坂」と呼ばれています。
この名前は、2013年に自動車のテレビCMで使用されたことから一気に有名になりました。「あの橋、アクセルをベタ踏みしないと上れないのでは?」と感じさせるほどの急な傾斜に、多くの人が驚き、そして興味を抱きました。
実際には、法律に基づいて設計されており、勾配も緩やかで、安全に運転できる橋ですが、その見た目のインパクトから「ベタ踏み坂」という愛称で広く知られるようになったのです。
ベタ踏み坂のトリック
実際のベタ踏み坂は、CMで見るほど急勾配ではありません。
あの迫力ある構図は、カメラの「圧縮効果」をうまく利用したものです。
望遠レンズを使うと奥行きが圧縮され、遠くにある道路の傾斜が強調されて写ります。
これにより、実際よりもはるかに急角度に見えるのです。
江島大橋から離れた場所で撮影することにより、圧縮効果を活用して急な坂道であるような写真を撮ることができます。
スマートフォンのカメラでも、望遠ズーム機能を使えば同様の効果が得られます。

観光で訪れた方は、SNS投稿用にぜひチャレンジしてみてください!
江島大橋の概要

江島大橋は、島根県松江市と鳥取県境港市を結ぶ、全長1,446.2m、幅11.3mの大型橋梁です。
橋の形式は「PCラーメン橋(プレストレスト・コンクリートラーメン橋)」で、汽水湖(海水と淡水が混じり合った湖)である中海に架かっているため、潮風や塩害に対する影響を考慮した構造となっています。
江島大橋の最大勾配は6.1%と、正直、見た目ほど急ではありません。
これは大型車両や緊急車両の通行を想定して設計されており、安全かつ機能的なインフラといえます。
この橋は2004年に開通し、地域の物流・生活道路として重要な役割を果たしているほか、災害時の主要な避難・救援ルートとしても位置づけられています。
江島大橋の位置
江島大橋は、島根県松江市八束町江島と鳥取県境港市渡町の間で、中海(なかうみ)の東側に架かっています。
【江島大橋の概要】
- 所在地:島根県松江市~鳥取県境港市
- 全長:1,446.2m
- 最大高さ:44.7m
- 勾配:最大6.1%
- 通行料:無料
アクセスは車が中心となりますが、JR境港駅から車で約10分の距離にあるため、旅行やドライブの途中で立ち寄るスポットとしても人気があります。
特に地元の名産である境港の海産物や、松江の宍道湖観光と組み合わせたルートもおすすめです。

私も島根県と鳥取県を観光で訪れた際、江島大橋に行ってきました!
江島大橋の設計基準
実際に江島大橋を走ってみると、「思ったより上りやすい」「ベタ踏みしなくても上れる」と感じる人が多いのではないでしょうか。写真や映像ほど急に感じないのは、この橋がしっかりとした設計基準に基づいて造られているためです。
橋や道路の構造は、当然のことながら見た目の迫力だけで決められているわけではなく、車が安全に走行できるよう、国が定める設計基準に沿って「勾配」が設定されています。
この「勾配」を理解すると、なぜ江島大橋が“見た目は急坂なのに、実際は安心して走れる橋”なのかがよくわかります。
道路の勾配

普段、車で走っていてもあまり意識しないかもしれませんが、道路には必ず「傾き(勾配)」があります。この「勾配(こうばい)」とは、道路がどれくらいの角度で傾いているかを示すもので、主にパーセント(%)で表します。

たとえば「9%の勾配」とは、100m進んだときに9m上がる(または下がる)坂道です。
この表現は、見た目の角度(度数)ではなく、縦方向の上がり幅と横方向の進み幅の割合で示しているのが特徴となります。

このように、勾配とは「道路の上りやすさ・下りやすさ」を数値で示す“道路の傾き具合”を指します。
どれくらい傾いていると急勾配?数字で見る基準
では、“急な坂”とは具体的にどのくらいの勾配なのでしょうか?
道路設計において、車や自転車、歩行者の安全性を確保するために、勾配には一定の基準が設けられています。一般的な勾配の目安を紹介します。
勾配 | 目安のイメージ | 例 |
2~3% | ゆるやかな傾斜 | 都市部の緩やかな上り坂 (日常的に通行するにはあまり負担を感じない坂) |
5~6% | やや急な坂 | 江島大橋、住宅地の坂道 (自転車だとややきつい程度の坂) |
8~10% | 急坂 | 広島県廿日市市の極楽寺山 (歩いても息が上がるほどの坂) |
15%以上 | 非常に急 | 東京都豊島区の住宅街にある「のぞき坂」(約23%) (全国的にも有名な“激坂”スポット) |
江島大橋の勾配は最大6.1%。これは一般的な橋としてはやや急な部類に入りますが、大型車も通行可能な範囲内です。
日本における道路勾配の設計基準

私たちが普段何気なく走っている道路や橋は、実は「なんとなく」や「見た目」で造られているわけではありません。
安全に車が走れること、歩行者や自転車が無理なく通行できること、さらには維持管理がしやすいことまで考慮し、国が定めた法律や設計基準に沿って勾配(坂の傾き)が決められています。
特に山や海が多い日本において、勾配をどう設定するかは道路設計の大きなポイントです。
もし急すぎれば事故の危険が高まり、緩やかすぎれば建設コストや土地利用に無駄が出てしまいます。
そこで「道路構造令」という政令を中心に、道路の種類ごとに「標準の勾配」と「最大限許される勾配」が明確に示されているのです。

江島大橋のような大きな橋も、きちんとしたルールに基づいて設計されているからこそ、“見た目の迫力はあるのに実際は安心して走れる”という特徴を持っているのです。
勾配の上限は何%?道路種別ごとの具体例
道路構造令第3条により、道路は存在する地域などに応じて、第1種から第4種までに区分されています。
第1種・第2種は高速自動車国道や自動車専用道路、第3種・第4種はそれ以外の道路を指します。また、道路が存在する地域でも分けられ、第1種・第3種は地方部、第2種・第4種は都市部にある道路を意味します。
【道路の区分】
道路の存在する地域 | ||
地方部 | 都市部 | |
高速自動車国道及び自動車専用道路 | 第1種 | 第2種 |
その他の道路 | 第3種 | 第4種 |
道路構造令では、この道路の区分ごとに、縦断勾配(道路の進行方向の勾配、すなわち上り・下りの傾き)について以下の表のとおり規定が設けられています。
【普通道路の場合の縦断勾配】
設計速度 (単位:km/h) |
縦断勾配(単位:%) | ||
規定値 | 特例値 | ||
第1~3種 | 第4種 | ||
120 | 2 | 5 | |
100 | 3 | 6 | |
80 | 4 | 7 | |
60 | 5 | 8 | 7 |
50 | 6 | 9 | 8 |
40 | 7 | 10 | 9 |
30 | 8 | 11 | 10 |
20 | 9 | 12 | 11 |
公益社団法人日本道路協会「道路構造令の解説と運用」より引用
設計速度とは、道路の設計で構造を検討する際に基準となる速度のことです。道路標識などで示される制限速度とは異なります。
【設計速度とは】
その道路をどんな速さで安全に走れるように造るかを決める基準のスピードです。たとえば、設計速度50km/hで造られた道路は「車が50km/h程度の速度で安全に走れるように設計されている」ことを意味します。
上記の表を見ると、第4種の道路は「都市部にある高速自動車国道や自動車専用道路以外の道路」を指しますが、都市部では制約が多いため、その他の区分より厳しい基準が設けられていることがわかります。

その理由は、都市部では交通量が多いことに加えて、歩行者や自転車も混在しているからです。
都市部は停止や発進が多いため、事故防止の観点から、郊外よりも厳しい勾配基準が設けられています。
このように道路には、設計速度に応じて「標準の勾配(規定値)」や「最大限許される勾配(特例値)」が定められており、その値以下となるように設計されています。これにより、過度に急な坂道とならず、安全に走行できるよう配慮されているのです。
日本の道路設計における勾配は、「感覚」ではなく法令に基づいた論理的な判断で決められています。
江島大橋のように一見、“急すぎる”ように見える道路も、設計基準と技術的根拠に基づいて計画・施工されたインフラであることがわかります。
追伸
道路の勾配については、以下の記事でも解説しています。
道路の勾配について、さらに専門的な内容や、パーセントから角度への変換方法などについて知りたい方はぜひ参考にしてみてください。

著者:佐藤拓真

著者:佐藤拓真