台風と建築の関係を考える【耐風等級についても解説】|一級建築士による建設アラカルト

【Written by 独学一級建築士 nandskさん】
いよいよ夏本番で暑い日が続きますね。特に最近は、猛暑を通り越して“酷暑”といえるような大変な暑さですが、夏の到来とともにやってくるのが台風です。
近年は大型化しているともいわれ、大雨や強風により様々な被害をもたらす台風ですが、実は筆者の設計した建築物でも台風被害を受けたものがあるくらい、建築の世界にも影響を与えています。
台風と建築物の関係は主に2点。1つは特に被害が大きい強風の影響、そしてもう1つが大雨による水害の影響です。
耐風等級とは?
台風そのものではありませんが、『住宅の品質確保の促進等に関する法律(品確法)』では「耐風等級」という基準が示されています。地震に対する強さを示す「耐震等級」は聞いたことがある人も多いと思いますが、それの風バージョンです。
等級1が法律レベルの最低限の基準、等級2がその1.2倍の強度を確保したものとなっています。
最低限である等級1については確認する項目が2つあり、1つめは「500年に一度発生する暴風でも倒壊・崩壊しないこと」、2つめが「50年に一度発生する暴風でも損傷しないこと」です。
500年に一度の台風に耐えられるか?
ここでいう“500年に一度の暴風”とは、1959年(昭和34年)に発生した伊勢湾台風を想定しています。伊勢湾台風は、名古屋市などを中心に高潮や河川の氾濫を引き起こし、台風としては異例の死者・行方不明者約5,000人という甚大な被害をもたらしました。
建築物にも大きな被害が生じ、全壊家屋約3万6,000棟、半壊家屋約11万3,000棟、床上浸水は15万7,000棟を超えました。この被害を受けて、建築基準法の構造計算や設計に関する基準が強化され、法改正の契機にもなりました。
また、耐風等級のもう1つの確認項目である“50年に一度の暴風”については、その地域の実情に合わせて風速が設定されています。
つまり、建築基準法を順守した耐風等級1の建築物であっても、「伊勢湾台風クラスの台風では倒壊・崩壊しないこと」までしか確認されておらず、等級2になってもそれの1.2倍までなので、大型台風でも被害を受けない、ダメージがまったくないという状況まではあまり期待できません。
やはり大型台風が接近している場合は注意が必要です。
風速何m/秒まで耐えられるか?
500年に一度の暴風とか、伊勢湾台風とか言われてもいまいちピンとこない…、そうですよね。
建築基準法では「基準風速」というものがあり、『平成12年建設省(現国土交通省)告示1454号』で基準となる風速が地域ごとに定められています。例えば、東京23区であれば基準風速は34m/秒、同じ東京都でも八丈島や小笠原村は42m/秒となっています。
これは過去50年間の実際の風の記録をもとに設定されたもので、この風速が先ほどの“50年に一度の暴風”に当たります。
この風速に対して損傷がないことを確かめたのが耐風等級1、この風速を1.2倍に割り増しても損傷がないことを確かめたのが耐風等級2ということです。
倒壊しないことを確かめる必要がある“500年に一度の暴風”は、瞬間最大風速50m/秒程度といわれています。実際には、建築基準法に瞬間最大風速という概念はなく、すべて先ほどの基準風速をもとに構造計算を行っていくので、はっきりと「風速○m/秒までは耐えられる」と言い切れない実情があるんです。
風に対する構造計算の方法
少し専門的な話になりますが、風に対する建物の安全性はどのように確認しているのか見てみましょう。地震に対する安全性の確認と同じで、基本的には構造計算によって安全性を確認しています。
その際、まず計算するのが実際にかかる風の力、風圧力です。計算方法はそこまで難しくはないですが、先ほどの基準風速をもとに、「地表面粗度区分」「ガスト影響係数」「風力係数」などの要素を絡めて算出します。
地表面粗度区分とは、ⅠからⅣの4段階で、周辺に風を遮る建物などがどれだけあるかを評価する区分。ガスト影響係数は瞬間的な突風に対する係数、風力係数は建物形状によって風を受けやすいかどうかを評価する係数です。
これらの係数などから算出した風圧力に対し、建物が十分に耐えられるか、損傷を受けないかを計算して確かめるのが、風に対する構造計算になります。
大型化する台風
建築基準法では基準風速の定めしかなく、瞬間最大風速は50m/秒程度までに対する安全性を確認していますが、昨今の大型化する台風に対してはこれで十分なのでしょうか?
風速については、30m/秒で雨戸や屋根が飛ばされ、老朽化した家屋は倒壊するといわれています。さらに強くなり風速40m/秒では人が立っていられないほど、60m/秒では鉄塔が曲がるほどとされています。
実際の事例では、2019年の房総半島台風の際、千葉県市原市のゴルフ場で支柱が倒れるなど大きな被害をもたらしましたが、こちらの台風では千葉市で風速35.9m/秒、最大瞬間風速57.5m/秒を観測しています。
沖縄県などでは最大瞬間風速60m/秒や70m/秒を観測することもあり、建築基準法では「そこまでの風速は想定していない」というレベルです。
最大瞬間風速を観測するポイントは、岬の突端や離島など風が強い場所が多いですが、街中でも瞬間的に強風が吹くこともあり得るので注意したいですね。
雨による水害にも注意
2019年の東日本台風は『雨台風』といわれました。風は、先ほど紹介した同年の房総半島台風に比べれば一般的な台風程度でしたが、顕著な雨を広範囲に降らせ、東京都の多摩川や長野県の千曲川が氾濫する事態となりました。
下水が流せずに逆流してしまう、内水氾濫は数えきれないほど発生し、土砂災害も962カ所で発生するなど、降り続いた雨の恐ろしさを物語っています。
雨により電気設備が水没し、川崎市・武蔵小杉のタワーマンションで長期間停電、断水したのはニュースでも取り上げられましたね。この台風による建物の被害は9万棟を超え、堤防決壊は140カ所にも上ったそうです。
過去にも死者1,000名を超す被害が出た狩野川台風など、台風による雨も、風と同様に大変危険です。
風と雨への対策で台風に備えよう
台風への備えとして大切になるのは風と雨への対策です。
風への対策
風への対策は、先述した耐風等級を2に上げて設計するのが有効。ですが、耐風等級を上げるのは耐震等級を上げるよりも戸建て住宅の場合は大変で、費用もかかります。一般的な木造戸建て住宅は軽いため、地震の揺れよりも風で飛ばされる危険性の方が高く、これに耐えられるよう設計することは難しいからです。
また、軒や庇など下から吹き上げるような風に対して弱くなる部分を少なくしたり、なるべく強固にしたりするのも大切です。カーポートなども耐風仕様のものにしておくとより安心でしょう。
風への対策はなかなかやれることが少ないですが、窓が割れると風が建物内部に入り込み、建物を持ち上げる力が強くなるので、窓の補強や雨戸の設置なども有効です。
雨への対策
雨への対策は落ち葉などによる排水管のつまりを解消することから始めましょう。屋上やパラペットなどがあるなら、その部分にゴミがたまっていると雨水が流れず、水がたまって室内への漏水の危険性が高まります。
敷地が低い場所にあり、内水氾濫の危険がある場合は、土のうなどを準備しておきましょう。トイレなどに土のうを置いておくと、逆流してきた水を止めることができます。
最近ではゲリラ豪雨対策もあり、自治体が浸透槽や浸透桝に対する補助金を出しているところが多いので、こういった補助金を活用して、雨水を地下へ浸透させるのも効果的です。
まとめ
台風に備えて、災害用の備蓄や停電対策などもしておくといいでしょう。自治体のハザードマップを確認しておくことも基本です。
台風の被害は戸建て住宅を中心に非常に多いのが実情です。「うちは大丈夫」と思わず、今一度、自宅の点検から始めて、この夏を安全に過ごしましょう。
著者:独学一級建築士 nandsk
独学により一級建築士に合格。住宅やアパートの設計・工事監理、特殊建築物の維持管理、公共施設の工事設計・監督の経験あり。二級、一級建築士試験受験者へのアドバイスも行っている。『建築の楽しさを多くの人に知ってもらいたい』と話す。