経営/マネジメント

熱中症対策に20年来取り組んできた一建設が“安全衛生管理”で大事にしていることとは?

2025年6月から改正労働安全衛生規則が施行され、職場における熱中症対策が法的義務となりました。

そうした中、飯田グループホールディングスの中核企業として全国で年間約9,000棟の分譲戸建て住宅を供給する一建設株式会社(東京都豊島区)は、20年前から建設現場の熱中症対策に力を入れてきたといいます。

2022年からは技能職、2025年には施工管理職の従業員(計720人)を対象に「ファン付きウェア」(小型の電動ファンが内蔵された作業服)の支給も開始。“現場の安全”を第一に考えたさまざまな取り組みを実施しています。

今回、一建設で安全衛生管理を担当する安全管理課の須田一弘課長に、熱中症対策をはじめとする同社の“安全”に関する取り組みについてお話を伺いました。

ファン付きウェアを技能職・施工管理職計720人に支給!


一建設・安全管理課の須田一弘課長

――まず、2025年6月1日から熱中症対策が法的に義務化されことについては、どのように受け止めていますか?

須田 近年、“地球沸騰化”という国連の表現にもあるとおり、私たちを取り巻く環境は大きく変化しています。そうした中で、経済活動を担う人たちの労働環境を守るためにも、熱中症対策を義務化して一定の強制力を持たせるというのは当然の流れととらえております。

弊社では熱中症対策の一環として、今年5月から現場監督など施工管理職を対象に『ファン付きウェア』の支給を始めました。今回の法改正と直接関係することではありませんが、熱中症に関わる潜在的なリスクを低減するという意味では無関係ではないと考えて取り組んでいるところです。

――ファン付きウェアの支給について、取り組みの概要を教えてください。

須田 ファン付きウェアの支給は、もともと2022年8月から技能職の従業員を対象に開始して、今回、施工管理職までその対象を広げた形です。

検討自体はかなり前から行っていたのですが、その必要性が年々増加していく中、費用対効果の議論や製品選定などで紆余曲折を経て、いまの運用にたどり着きました。

支給の順番は、緊急度・優先度を考慮してまず技能職から始め、この法改正のタイミングで新たに施工管理職も支給対象に加えたという感じです。


ファン付きウェアを着用して作業する一建設の技能職の従業員(一建設提供)

――ファン付きウェアは合計いくつ導入されているのでしょうか?

須田 約720個です。

弊社では2014年から大工など技能職の正社員化を進めていて、現在約230人の技能職の従業員がいるのですが、業種を問わず230人全員分。加えて施工管理職の従業員約490人分です。

現場の反応としてはやはり「良い」という声が大半を占めておりまして、所管する部長からも現場で評判だと聞いています。

建設業でよく言われる『3K(危険・汚い・きつい)』に対してはいろんな改善策があると思いますが、ファン付きウェアの支給は『きつい』に当たる部分への対策の1つとしても、とらえていくことができると思っています。

一建設が取り組むさまざまな熱中症対策

【一建設の熱中症対策一覧】

  • 2022年8月より大工などの技能職に支給していた「ファン付きウェアを、2025年5月より施工管理職にも支給」
  • 多量発汗作業場における「水分塩分の支給」
  • 汗をかくことで失われる塩分を手軽に補える「塩タブレットの支給」
  • 熱中症を見つける/判断する/対処する為の「熱中症予防セルフチェックシート」の運用
  • 脱水などによる体調不良など初期段階の応急処置用としてのORSタブレット、経口補水液の備付
  • 飲み物などを冷やし応急処置をするための「クーラーボックス・保冷剤の従業員購入費用の全額負担」
  • 施工管理職などへの「熱中症警戒アラート等メール配信サービス(環境省)」の登録義務化
  • 突発的な事象へ迅速かつ的確に対応するための「安全管理クイックマニュアル」の運用

ほか

一建設HPより

――熱中症対策としては他にどのような取り組みを行っていますか?

須田 たとえば、従業員の飲み物などを冷やすためのクーラーボックスや保冷剤の購入費用の全額負担は、2005年から始めています。

それから、環境省が行っている「熱中症警戒アラート等のメール配信サービス」への登録を施工管理職には義務化していまして、これは熱中症警戒アラートの情報を前日にメールでお知らせしてくれるサービスです。

以前は、暑い時期になると私たち社員が毎朝、熱中症になりやすいエリアを調べて全現場監督にメールで共有していたんですが、このサービスなら情報も早く、我々の手間も省けるということで活用させていただいています。

あとは、各現場に「KY(危険予知)チェックシート」というのを立てていて、朝、現場監督や職人が現場に着いたら1人ずつ必ず確認するようにしています。これももう20年近くやっている取り組みで、「熱中症予防」のものと「事故防止」のものがあります。


各現場に掲示されている熱中症予防のための「KYチェックシート」と注意喚起や応急処置のためのリーフレット(一建設提供)

須田 もちろん、チェック項目を読み上げたからといって、事故が起きない、熱中症にならない、というわけではありませんが、「“ケガをするかもしれない”と思って注意しながら現場に入る」「熱中症になりづらい生活習慣を日ごろから身に付ける」、そうした事故や熱中症を防ぐための動機付けになるよう行っています。

20年前に熱中症対策を指示した創業者・飯田一男氏の先見性

――20年も前からすでに熱中症対策を実施されていたんですね!

須田 私が安全管理課の責任者になったのが2005年ですが、当時、木造低層住宅業界の安全衛生管理は、建設業界の中でもかなり遅れていたような印象でした。

そんな中、当時の飯田一男会長(一建設[旧・飯田建設工業]創業者)に私が直接呼ばれまして、「これからは温暖化の時代だから、ただちに社員へクーラーボックスと保冷剤を支給しなさい」と指示をいただきました。

弊社の熱中症への取り組みはそこから始まったと私は思っています。気象庁によって“猛暑日”が定義された2007年の2年前ですから、いま考えても会長の先見の明には驚かされます。

――「木造低層住宅業界の安全衛生管理が遅れていた」という点に関して、詳しく教えてください。

須田 業界全体が当てはまるという訳ではありませんが、背景から申し上げると、そもそも労働災害防止の法律は“労働者”を対象としたものですので、「労働者を守る」という点に主眼が置かれます。

一方で、木造低層住宅の建設現場には“労働者”が非常に少なく、一人親方や個人事業主など“労働者”に当たらない、労働安全衛生法などの法律で守られない方々が多いという特徴があり、行政から安全指導を受ける機会そのものが少なかったのではないでしょうか。

そうした背景もあり、ゼネコンが請け負うような土木・建築の労働者が多い現場と比べても、安全に対する意識は低い傾向にあったと思います。

――その中でも、当時の飯田会長は20年前から“熱中症”や“安全”という点に意識を向けられていたんですね。

須田 そうですね。感慨深いというか、すごいなと思います。私は会長の足元にも及びませんが、そうした先見の明を少しでも持てるよう心がけながら、安全管理へ取り組んでいきたいと思っています。

安全教育で“危険を危険として気づく能力”を養う

一建設の経営理念には「安全・品質・工程・原価管理」というフレーズがあり、この言葉の順番が重要。まず何よりも「安全」を一番大切にするという考えが表れており、それが同社の文化として根付いているという(一建設HPより

――安全衛生管理において、特に力を入れていることはありますか?

須田 新入社員への安全教育ですね。やっぱり人の命よりも大事な仕事なんてありませんから。

「なぜ安全に気を付けなければいけないのか」という部分の動機付け、これをスタートの段階で行うことで、その後の社会人生活も変わってくると思うんです。

若い人って若い人なりに危険を回避できちゃうんですよ。だから「危険を危険として気づく能力」の重要性にあまり意識が向かない傾向にあるんです。ところが、建築工事現場には感電や化学物質も含め俊敏性だけでは回避できない危険もたくさんあります。

――「危険を危険として気づく能力」…ですか?

須田 たとえば、部屋に入ったとき床にペットボトルが落ちていて、何となくこれに気づいたけどそのままにしたとします。それで、部屋を出るときにこのペットボトルにつまずいて転んでしまったら、「さっき落ちているのを見て気になったのになぜ自分は拾わなかったんだろう?」と。そうなんです。「危険には気づいていた」んです。

モノが落ちていることには誰でも気づけますが、これを拾って邪魔にならない所へ置くなどの具体的な行動につなげられて初めて、「危険を危険として気づいた」ことになるんです。

しかし、この能力は訓練をしないと身につかない。そもそも若い人はあんまり転ばないですよね。だから「転ぶかもしれない」ということにあまり興味がない。でも現場監督や技能工としてこのエッセンスを持ち合わせているかどうか。そこに『現場力』の差が出てくるんです。

私は毎年、新入社員に対して安全教育の研修を行っていますが、若い人たちがモノの見方や受け止め方を変えるきっかけになってくれればと思っています。私自身も訓練の途中ですが。

「現場に水たまりができるのは恥だと思え!」

――そうした取り組みを続けることで、現場の意識が変わったなと感じることはありますか?

須田 そうですね。昔はそういう体系化された安全教育を受ける機会そのものが少なかったですし、私も安全管理課に来るまでは知識・意識ともに不十分でした。そうした意識を持つきっかけを会社や社長が与えてくれたと思っています。

でも、歴代の諸先輩方は非常にまじめな方ばかりだったので、そういうところがつながって、いまがあるのだと思います。昔から現場でよく言われたのは「現場に水たまりができるのは恥だと思え!」ということ。これはうちの1つの文化になっています。


一建設の施工現場の様子。地面は整地され、資材置き場も整頓されている(一建設提供)

――それはどんな意味が込められているのでしょうか?

須田 戸建て住宅の建設現場は敷地が狭く、その中に材料を置いて、通路もつくらないといけません。

水たまりができてしまうようなデコボコな敷地に材料が置けるのか、どこに通路を取ったらいいか判断できるのか。というところから、水たまりができる、つまり現場の整地がしっかりできていないのは「現場監督として恥ずかしいことだ」と教わってきました。

デコボコがあるよりきちんと整備されてきれいなほうがお客様にも印象がいいですし、職人さんも働きやすいですよね。

そういった“飯田イズム”といいますか、先輩方が代々やってきたことが積み重なり、1つひとつが結晶化されて、いまの流れに落ち着いてきたと感じています。

――そういったお話を伺うと、冒頭のファン付きウェアの支給も、御社に根付いた社風や歴史があるからこそ実施している取り組みのように感じますね。

「人生の情景」の1つ“住宅”を提供する建設業の意義

――御社でさまざまなご経験をされてきた中で、いま須田課長が感じる建設業の「社会的意義」や「魅力」はどのようなところにあると考えますか?

須田 家や建物、場所というのは、大げさに言うと「その人の人生を形づくる情景」になるものだと思っています。その1つである“住宅”をより多くの皆様に、高品質・低価格で供給し、お客様に満足いただけることに社会的な意義を感じています。

また、建設業に携わりながら、さまざまな人たちとその時代時代の課題を共有して、ともに乗り越え解決していく、そしてその過程を自分自身の経験とできる。これが建設業の大きな魅力の1つではないでしょうか。

――暑い時期になりましたが、最後にこの夏の抱負をお願いします。

須田 熱中症予防の実務としては、毎年やっていることの繰り返しにはなりますが、その繰り返しがマンネリ化しないように、本当にきちんと実施しているかどうかの確認と必要な指導、これを今後も抜かりなく続けていきたいと思っています。

――ファン付きウェアをはじめ、さまざまな対策で夏の暑さを乗り切ってください。ありがとうございました。

取材協力:一建設株式会社

(建設データ編集部)

関連するBLOG

TOP