歴史的鉄道遺構「旧晴海鉄道橋」遊歩道化事業の現場見学会に参加してきました!
東京都内で30年以上眠っていた歴史的な鉄道遺構が“復活”します。
貨物輸送専用の鉄道・晴海線の一部として架設された「旧晴海鉄道橋」です。
春海運河を跨ぎ、中央区晴海地区と江東区豊洲地区を東西に結ぶ形で架かる同橋ですが、1989年、晴海線の廃線とともに供用を廃止。以後、周辺地域の開発が進んでも撤去されることなく、そのままの形で残されていました。
そんな旧晴海鉄道橋の歴史的な価値を保存しつつ、海上公園として水辺空間の創出につなげようと、東京都港湾局が遊歩道として再生することを計画。2025年夏の供用開始を目指し、現在工事が進められています。2024年11月23日には工事の状況を一般公開する現場見学会を開催。弊編集部も見学会にお邪魔し、施工中の橋の上を歩いてきました。
この記事では、旧晴海鉄道橋の歴史や遊歩道化事業の概要、そして現場見学会の様子などをご紹介します。
【旧晴海鉄道橋のプロフィール】
所在地:東京都中央区晴海~江東区豊洲
橋長:190.3m
幅員:3.8m
構造:鋼ローゼ橋および3径間連続PC桁橋
架設:1957年11月23日
東海道新幹線建設事業に影響を与えた!? 土木史的にも貴重な橋
晴海線の一部として供用されていた当時の旧晴海鉄道橋(「東京港貨物専用鉄道のあゆみ」より)
旧晴海鉄道橋は、東京都港湾局が運営していた「臨港鉄道東京都専用線晴海線」の一部として1957年に整備されました。
東京都専用線とは東京港における貨物輸送専用の鉄道路線で、深川線、晴海線、芝浦線、日の出線が戦後に次々と敷設され、総延長は24km余りに及びました。高度経済成長期には石炭やコークス、塩、小麦、ロール紙などさまざまな物資を運び、当時の物流を支えていました。
東京港臨港鉄道の路線図(「東京港貨物専用鉄道のあゆみ」より)
しかし、1970年代以降に輸送革新が進み、陸上貨物輸送の主役は鉄道から自動車、すなわちトラックへと転換。鉄道での輸送量は年々減少していき、東京都専用線は1985年から1989年にかけて全線廃止となり、その役目を終えたという歴史があります。
そんな物流の歴史をいまに伝える旧晴海鉄道橋。じつは日本の土木技術の発展に貢献した遺構でもあるんです。
旧晴海鉄道橋の上部工は、真ん中のアーチ部分が鋼ローゼ橋、その両側が3径間連続PC桁橋ですが、いずれも鉄道用の橋梁としては日本で初めて用いられた構造です。そしてこの構造は、後に工事が始まる東海道新幹線の建設で重要な役割を演じることになったとされています。
旧晴海鉄道橋の構造(編集部作成)
ローゼ橋とはアーチ橋の一種で、アーチ部材と桁の太さが特徴。太いアーチと桁部分の両方で力を支える構造です。
またPC(プレストレストコンクリート)とは、中に入れた鋼材によって圧縮力を与えたコンクリートのことで、引っ張って緊張させた鋼材が元に戻ろうとする力を利用してコンクリートを圧縮し、強度を高めているのが特徴です。このPCを橋桁に用いることで、一般的なコンクリートと比べて部材を薄くしながらも、強度を確保することができます。
旧晴海鉄道橋でこうした技術が導入され、鉄道という重量のあるものの走行に耐えうる橋梁整備を実現したことが、その後の東海道新幹線の建設事業にも大きな影響を与えたのです。
ちなみに、旧晴海鉄道橋の建設当時、橋の東側に石川島重工業(現・株式会社IHI)の豊洲工場、西側には小野田レミコン(当時)の晴海工場が立地しており、同橋の鉄橋(ローゼ橋)部分は石川島重工業、コンクリート部分は小野田レミコンの工場でそれぞれ製作されたものだそうです。
歴史的な価値を残し、水辺空間をつなぐ架け橋として遊歩道化
さて、ここから旧晴海鉄道橋の遊歩道化事業について紹介します。
東京都専用線の廃線以降、閉鎖管理されていた旧晴海鉄道橋ですが、地元住民から有効活用を望む声があがっていたこともあり、東京都港湾局は遊歩道として再生することを計画。その歴史的な価値を後世に残しつつ、晴海・豊洲両地区の水辺空間をつなぐ架け橋となることを期待して、2021年2月から工事を始めました。
完成時のイメージパースはこちら。橋に敷かれていた鉄道のレールをそのまま生かし、ウッドデッキを設置してフラット化、バリアフリーにも配慮した遊歩道に生まれ変わらせる計画です。
工事はまず、2021~2023年にかけて橋の耐震補強を実施。水平力分担構造や落橋防止構造の設置、仮締切で周囲の水を抜いて橋脚の補強などを行いました。
2023年からは遊歩道化に向けて、PC桁の上部工と鉄橋の補修・補強などに着手。鉄道のレールをいったん取り外し、PC桁部分はひび割れの補修や防水層の設置、鉄橋部分については鋼材の補強を実施しました。現在は最後の工程として、レールを戻してウッドデッキを設置するほか、鉄橋の塗装、電気・照明設備の整備などを進めています。
【旧晴海鉄道橋遊歩道化事業関連の主な工事一覧】
入札日 | 工事件名 | 落札者 | 落札価格 | 工期 |
2021/02/08 | 令和2年度旧晴海鉄道橋耐震補強工事 | 新井組 | 3億8400万円 | 2022/01/21 |
2022/01/27 | 令和3年度旧晴海鉄道橋(豊洲側)耐震補強工事 | 松鶴建設 | 4億3470万円 | 2023/02/28 |
2023/01/25 | 令和4年度旧晴海鉄道橋上部工補修工事 | JFEシビル | 2億880万円 | 2024/02/16 |
2024/01/11 | 令和5年度旧晴海鉄道橋遊歩道化工事 | ショーボンド建設 | 7億4250万円 | 2025/06/27 |
2024/09/05 | 令和6年度旧晴海鉄道橋電気設備工事 | サンデン | 3593万4000円 | 2025/06/27 |
2024/11/11 | 令和6年度旧晴海鉄道橋照明設備等設置工事 | 大東電工 | 8956万7000円 | 2025/07/25 |
2025/02/13 | 令和6年度旧晴海鉄道橋遊歩道化工事(※) | (業種) 造園 |
(予定価格) 1億3162万円 |
2025/07/28 |
建設データ株式会社運営「入札ネット+α」より(データは入札公告および結果公表時のもの。落札価格は税抜き)
※「令和6年度旧晴海鉄道橋遊歩道化工事」は記事公開時点(2024年12月19日)で入札前のため、落札者欄は業種、落札価格欄には予定価格を掲載
鋳物製の支承は鋳物で再生!“当時の形をそのまま生かす”がコンセプト
「遊歩道化するにあたってのポイントは“歴史的な価値を残す”という点。構造も含め貴重な橋ですから、当時の構造や外観をそのまま生かす、昔の形を変えずに補強したり同じようにつくり直したりする、というのがコンセプトです」
そう話すのは東京都港湾局の高田潤一郎・道路整備担当課長です。
例えば、上部工と下部工の間に設置されている支承。架設時のものは鋳物でつくられており、鋳物製造が盛んな埼玉県川口市製でした。劣化の度合いがそれほど激しくなく、既存設備をそのまま活用できると判断した箇所は、さび落としやコーティングなどによる若返り工法で補修。一方、劣化が進み腐食が著しかった箇所については、当時と同じように鋳物で部品をつくり直し、部分的に交換を行うとのことです。
昔の形を変えない、そのまま残す、というコンセプトの徹底ぶりがうかがえます。
鋳物でつくられているという旧晴海鉄道橋の支承
支承については、どこまで補修が必要か、どのタイミングで整備するのが適切か、本当に鋳物でつくり直すのか、など検討事項が多かったそう。
そうした工事を現場で担当する建設業者に対し、高田課長は「これまでに完了した工事も、いま進行中の工事も、総じて大変な内容ではありますが、各受注者さんは緻密に作業されています。歴史的な価値を残すという観点からも、既設構造物に傷を付けないことを意識し、丁寧に取り組んでいただいています」と感謝の思いを口にします。
制約の多い難工事に建設業者の技術と工夫で対応
では、2024年11月23日に行われた現場見学会時の施工状況を見てみましょう。ちなみに、旧晴海鉄道橋の架設日は1957年11月23日。見学会開催日とちょうど同じ日にちだったんです!
まずは外観です。
塗装の塗り替えが半分まで完了しています。経年によりさびて全面が茶色くなっていましたが、建設当時の色彩はライトグリーンだったということで、元の色に塗り直しているところです。
いよいよ橋の上に向かいます。
現在はウッドデッキの設置作業中です。上部工の補修などのために外していた鉄道のレールを戻し、間に木材を敷き詰めてフラットにしていきます。使用している木材は南米産で、木の密度や重さ、耐久性などを考慮して選定したものだそうです。
施工を担当するショーボンド建設株式会社の担当者によると、この“フラットにする”という点が今回の工事における難しさの1つだといいます。
レールは旧晴海鉄道橋の架設当時のもの、つまり製造から70年以上が経過したものをそのまま使用しているため、高さにばらつきが見られるのだそう。そんなレールと高さをそろえ、段差が生じないように木材を並べる作業は緻密な調節が必要で苦労しているといいますが、「供用後、皆さんに安心して歩いてもらえるようがんばって取り組んでいます」と力強く語っていました。
また高田課長によると、橋の幅員が3.8mと作業スペースが狭いことも、この工事の難易度を上げているポイントです。
「ウッドデッキやレールなど資材を置く場所をつくりながら、作業を行うスペースを確保するのが大変でした。そのため現場では整理整頓をこまめに行い、輻輳(ふくそう)しないように配慮していただいています。また、特に夏場の暑い時期、作業員の皆さんの休憩場所をどう確保するかが課題でした。いまは撤去していますが、以前は作業の関係で橋の真下に足場を組んでいたため、そこを日陰として活用し休憩スペースにしていました。このように、現場でさまざまな工夫をしながら進めていただいています」(高田課長)
ちなみに、写真を見てわかるとおりレールの数は4本あります。これは、外側の2本が通常の走行用、内側は脱線防止用なんだそうです。運河を渡る橋のため、万が一、脱線すると海に落ちてしまう危険性があることから、それを防ぐために4本のレールが整備されていたといいます。
こちらの橋から張り出している部分は、かつて線路で作業している人たちが列車通過時に避難するためのスペースとして使われていました。こうした構造も東京都専用線の稼働時を思わせる貴重なもの。もちろんそのまま残しますが、強度の関係で人が乗ることはできません。代わりに、この避難スペースをイメージした張り出し部を新たに設け、眺望空間に活用するそうです。
「この事業が土木の魅力を広めるきっかけの1つになれば」
現場見学会の参加者(左の黄色いライフジャケット着用者)に工事の状況を説明する関係者ら
2025年夏を目標とする供用開始に向け、作業はいよいよ大詰めです。
高田課長は「2020年度から始まったこの工事も、来年ようやくゴールを迎えます」と完成を期待し、次のように話します。
「今回の現場見学会も多くの方に興味を持っていただき、この事業は世間的にも注目度が高いものだと感じています。一方で、世の中、決してそういう工事ばかりではなく、見えないところで行われている工事、そこでがんばっている建設業者さんもたくさんいます。だからこそ、この旧晴海鉄道橋遊歩道化事業のような“目立つ”トピックスがきっかけとなり、たくさんの方に土木に興味を持ってもらえるようになったらうれしいです」(高田課長)
旧晴海鉄道橋が遊歩道として開通すれば、多くの来訪者がこの橋を歩いて渡ることでしょう。「そうやって日常に溶け込んでいくのが土木構造物の魅力」と語る高田課長。そして「実際に現場でそれをつくっているのが建設業の皆さんです」と続けます。
日本の物流を支え、土木技術の発展にも貢献した旧晴海鉄道橋。その歴史的価値を保存するための今回の事業ですが、この橋が遊歩道として生まれ変わることにより、それを実現させた建設業者や関係者の努力、そして現代の建設技術もまた、橋とともに保存・継承されることになるのではないでしょうか。
2025年夏の開通が楽しみです。
(建設データ編集部)