裁判事例から考える建築と知識と法制度|一級建築士による建設アラカルト

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【Written by 独学一級建築士 nandskさん】

「隣の空き地にマンションができて自宅が日影になった」「工事中の振動で家が傾いた」「土地の調査結果を偽装された」などなど、建築や建設業、土地に関するトラブルは大変多いです。

不動産というのはとても高価なもので、大きな金額が動きますから、話し合いでは解決できず訴訟に発展してしまうケースも多々あります。今回は、そんな建築に関する裁判事例について少し見ていきましょう。

構造計算書偽装事件(姉歯事件)

事件の概要

近年の建築に関する訴訟で最も広く知れ渡っているのが、2005年に発覚した構造計算書偽装事件、いわゆる“姉歯事件”ではないでしょうか。当時、テレビのニュースや雑誌にも多く取り上げられていたため、覚えている人も多いと思います。

事件の概要は、当時一級建築士であったA氏が必要な鉄筋量を減らし、耐震診断の結果を偽装していた、という単純なものですが、偽装された対象物件の数やブラックボックス化していた構造計算プログラムの問題などが明るみとなり、大きな話題になりました。

構造計算は通常の設計よりも高度な知識が必要であり、専門のプログラムを用いて行うことから、構造に特化した設計事務所に依頼することが一般的です。当時も、大手ゼネコンや設計事務所が、A氏の設計事務所に構造計算を依頼していました。A氏側は構造計算を行う際、耐震診断結果を偽装し、必要な鉄筋量を減らしていたのですが、これは、工事費が削減できるほか、設計もやり直し(診断結果がNGであれば、壁を増やしたり柱を太くしたりして間取りを変える必要が出てくる)が少なくなるなど迅速に行えるためでした。

A氏側に直接的なメリットは少ないように見えますが、「この事務所に頼めば工事費を安くしてくれる」「仕事が早い」という評判が広まれば、どんどん仕事が舞い込んでくるので、そういったことを期待して偽装してしまったようです。

20棟を超えるマンションやホテルでこうした偽装が発覚、国会で関係者の証人喚問も行われました。最終的に、A氏は罪に問われ、懲役5年、罰金180万円の実刑が確定しました。

専門知識と正しい運用の大切さ

この事件で考えたいのは、構造計算という複雑かつ難解なものがブラックボックスの中で行われており、確認申請を受け付けて審査する検査機関の職員ですら、すべてを理解しているわけではないという点です。

かつては、建築士が手計算で構造計算を行っていましたが、今は構造計算プログラムが普及しており、建物の概要を入力するとプログラムが自動で計算し、判定してくれます。計算自体に間違いはないという安心感はありますが、逆に入力を間違えると違った計算結果になってしまうため注意が必要です。

また、プログラムの計算内部は複雑で、何百、何千枚にも及ぶ計算結果は、構造設計者でさえも詳しくわかっていないケースが多々あり、審査する検査機関もすべてチェックすることは不可能といえるでしょう。

この事件後には、改ざん防止機能を組み込んだ構造計算プログラムが開発され、確認申請の審査も厳しくなるなど法改正が行われましたが、設計者各々が構造に関する知識を身に付け、正しく運用することがより大切だと思います。

現場における軽微な変更は瑕疵となるか

建物を建築する際は設計図があり、施工は設計図通りに進めていくというのが基本ですが、実際にはそううまくいかないもの。地面を掘れば予想外のものが出てきますし、新しく設置しようとした設備は廃盤になることもあります。細部の納まりが図面通りにいかないなんていうのはよくある話です。

通常、そういったことがあれば、設計者(工事監理者)と現場監督が話し合い、設計変更や軽微な変更で対応することになりますが、施工上の都合などにより現場サイドの判断だけで変更してしまうこともしばしばあります。

次に紹介するのは、そんな設計と施工時の“変更”に関する話です。

概要としては、ある建物の工事の際、図面では内ダイアフラム(鉄骨の柱と梁の接続部に設置するプレート)で設計されていた箇所を、仕口にリブプレートを設置して接続部を納めるように施工した、というもの。このことについて、「設計図書通りの施工がされていないのは瑕疵である」として、建築主が建設会社を訴えたのですが、名古屋高等裁判所は2015年5月、瑕疵ではないとして訴えを棄却しました。

理由は、高さの異なる梁材の梁成が100mm未満の場合、内ダイアフラムを施工すると構造耐力上の支障が生じることがあるため、ハンチを設けたり、リブプレートを設置したりするのが一般的である、という点が1つ。それから、「原告と被告の間で内ダイアフラムの施工を特に約定し、契約上の重要な内容としていた」とは認められないこと。この2点のようです。

建築主である原告は、“求める建築物を安全に建てること”を依頼し、建設会社はその対価として工事費を受け取っているはずです。そこに細かい設計や特記事項はあれど、必ず内ダイアフラムでなければならない事情はなかった、ということでしょう。

工事現場では、細かい納まりや施工上の都合で軽微な変更をすることが多いですが、それ自体は瑕疵とはならないので、施工者は安心して変更の提案をして良いと思います。ただし、今回のケースのように構造耐力上で有利になる場合はいいですが、構造上不利になる変更や施主が求める性能を満たせなくなる変更については、事前にきちんとした協議が必要です。

残念ながら、トラブルの事例としては後者の方が多く、「工事費を安くするためにベタ基礎の設計を布基礎に変更された」「柱の太さをギリギリまで細く変更された」など、法律上の問題はなくても、施主が期待している性能を下げるような変更を勝手にしてしまうと瑕疵になります。

国立市マンション景観訴訟

最後に紹介するのは、1999年に計画された東京都国立市のマンションに関する訴訟。

マンションの計画地である東京都国立市は一橋大学がある文教都市で、東京の多摩地域にありながら、一部の地域は世田谷区より地価が高いといわれる高級住宅街。某芸能人夫妻の自宅があることでも有名ですが、特に教育熱心な芸能人や著名人に人気の街です。

そんな国立市のシンボルとなっているのが銀杏・桜並木がきれいな「大学通り」で、訴訟の原因となったマンションはこの「大学通り」沿いに高さ44mで計画されていました。

マンションの計画当時、国立市が定める都市計画では高さ44mでも建設可能であり、当たり前ですが不動産会社は法律を守ってマンションを計画、建築確認も取得し、建物の基礎工事を開始しました。

近隣住民は、このマンションが高さ20m程度の並木道と調和せず景観を損なうと考え、反対運動を展開。国立市は住民の意見を聞き、景観条例による指導を行いましたが、景観条例に強制力はなく、法令に適合したマンション建設をストップすることはできませんでした。

その後もマンション建設に反対する住民からの要請が強くなり、市は当該敷地周辺に20mの高さ規制などをかけます。しかし、すでに工事が始まっている建築物は建築基準法3条2項により“既存不適格”という扱いとなり、今すぐ是正対応する必要はありません。最終的に、「マンションはまだ工事中ではなく、高さ規制20mの制限を受ける(20m以上の部分は撤去)」として住民らが訴訟を起こすに至ったのです。

そして、東京地方裁判所の判決では住民側の主張が全面的に認められ、不動産会社にマンションの撤去命令が出されますが、最終判決は住民側の敗訴となりました。

景観という明確に規制するのが難しい事柄について、日本で初めて大きな話題となり、考えるきっかけとなったこの事件。これを機に全国で景観条例などが確立され、研究も進みました。

ヨーロッパなどを旅行すると街中の景観がすばらしく、感動する人は多いと思いますが、どう感じるかは人それぞれ。逆に、かつての香港九龍城のように無秩序につくられた景観が人々を魅了することもあります。

建設業という街をつくる仕事に携わる人は、一定のルールの基、利益だけを追求するのではなく、街づくりの一翼を担っているという誇りを持って仕事に取り組むことが景観には大事だと思います。

まとめ

建築にまつわるトラブルは多く、建築基準法、建設業法、都市計画法など多くの法律や条例が関連してきます。法律の専門家であっても建築のことは詳しくないということも多く、訴訟となると苦労は絶えません。お互いにトラブルにならないよう、専門知識に磨きをかけ、時にはこういった裁判事例なども参考にしてみると良いでしょう。

著者:独学一級建築士 nandskさん

独学により一級建築士に合格。住宅やアパートの設計・工事監理、特殊建築物の維持管理、公共施設の工事設計・監督の経験あり。二級、一級建築士試験受験者へのアドバイスも行っている。『建築の楽しさを多くの人に知ってもらいたい』と話す。

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