江戸川区に学ぶ! “まち全体で守る”街路樹管理の取り組み

社会課題

中古車販売大手・ビッグモーター騒動で注目を集めた「街路樹」。景観向上や環境保全などのさまざまな役割がある“道路付属物”ですが、一部では“迷惑施設”のように扱われてしまうことがあるのも事実です。そうした中、街路樹本数が東京23区内で群を抜いて最多の江戸川区では、行政・建設業者・住民が一体となり、まち全体で街路樹の維持管理に取り組んでいます。そんな江戸川区における街路樹管理の工夫と今後の展望を取材しました。(※取材内容・肩書は取材当時のものです)




取材にご対応いただいた江戸川区水とみどりの課の高橋博幸課長(右)と遠藤菜知香さん。区の緑化運動PRマスコットキャラクター「江戸ッキー」(中)とともに。



路線別かつ樹種別に目標樹形を設定


東京都江戸川区では、1970年から「ゆたかな心 地にみどり」の標語のもと緑化運動に取り組み、親水公園や緑道の整備などまちの緑化を推進してきました。その結果、街路樹や公園樹木、民有地なども含めた区内すべての植栽樹木数は、2023年4月現在で約698万本に上ります。

街路樹については、区が管理する区道沿いに高木が約3万5000本、高木・中木を合わせると約6万500本(いずれも2023年4月現在)が整備され、これは東京23区内でも断トツの本数です。



江戸川区清新町の街路樹(ヤマモモ)(江戸川区提供)


江戸川区では、これらの街路樹を計画的に維持管理するための指針として、2009年に『江戸川区街路樹指針 新しい街路樹デザイン』を策定しました。この指針で特徴的な点は「路線別目標樹形カード」を作成したこと。区道の路線ごと、かつ樹種ごとに街路樹の管理方針を定めたもので、区道1本1本における歩道幅員や周辺環境などの諸条件を踏まえ、目標とする樹高・枝張の寸法、形、樹木同士の間隔などを個別に設定しています。街路樹を剪定する際は、このカードに即して樹木の形を整えていきます。



「路線別目標樹形カード」の例(江戸川区提供)


美しい街路樹景観を創出するために形状をそろえる目的のほか、「区道は国道や都道と比べて歩道幅員が狭く、枝や根が大きくなりすぎると通行など周辺の生活環境に支障をきたす可能性もあるので、しっかり目標を立てて計画的に管理する必要があります」と江戸川区水とみどりの課・高橋博幸課長はその意図を話します。

同課の遠藤菜知香さんによると、「『新しい街路樹デザイン』を策定してから数年は、他の自治体の方も視察に来られていた」そうで、先進事例として注目されたことが伺えます。



また、区では「PASCAL」という地理情報システムを使い、街路樹(高木)の情報をデータで管理。地図上で街路樹の整備状況などを確認でき、植え替え履歴なども含め、データを随時更新しながら活用しています。2014年に都市計画に関するデータを管理する目的で区が同システムを導入、その後、2020年から街路樹管理にも採用したといい、以前はWordやExcelを使って情報管理していたそうです。




管理業務はプロポで発注、受注者の技術向上の取り組みも


街路樹の管理業務は区内の造園業者に委託していますが、この手法にも工夫が。

区内を26エリアに分け、街路樹以外に公園樹木や河川敷の草地なども含め、“みどり”の管理をまとめてエリアごとに発注しています。事業者の選定にはプロポーザル方式を採用。事業者側が管理計画を提案し、その評価で受注者を決めます。以前は、街路樹と公園樹木を別々の業務として発注していましたが、より効率的な管理を目指して一元発注する方式に変更。一時、別々に発注する方式に戻りましたが、2016年から再び一元化して現在に至ります。

高橋課長は「区内業者さんなので、住民の方と顔見知りだったり、何かあればすぐに駆けつけてくれたり、地域とコミュニケーションを取りながら管理していただいています」と、この手法の利点とともに、地元で活躍する建設業者への感謝を口にします。

特筆すべきは受注者との契約を最長5年まで延長できる点。1年ずつの契約ですが、通常の管理業務の成果、事故の有無、剪定講習会(後述)の様子などを踏まえて、区が各受注者の評価を採点、基準点を上回った業者に翌年度の業務委託延長を依頼し、協議をする仕組みです。現在、同業務で契約しているのは計13社。いずれも2023年度が3年目で、2024年度も全社と契約延長するそうです。



「毎年の評価は業者の方ときちんと共有します。良かった点、今後さらに気を付けていただきたい点などをお伝えし、レベルアップにつなげていただければと考えています」(高橋課長)

さらに、区内業者の管理技術向上を目的に毎年取り組んでいるのが「剪定講習会」です。年1回、その年度に管理業務を請け負うすべての受注者と区の職員が区道1カ所に集まり、街路樹剪定士の方を講師に招いて行います。各事業者が1本ずつ街路樹の剪定を実施し、お互いで講評して成績を付けます。



剪定講習会の様子(江戸川区提供)


「区内業者の皆さんには区の仕事だけでなく、都や国の工事もどんどんやっていただきたい。そのために、みんなでレベルアップを図る場にしたいですし、街路樹剪定士や樹木医といった関連資格の取得を目指すなど、いろんなステップアップのきっかけにもなればと思っています。せっかく時間をつくって来ていただくので、少しでも役に立つものを持ち帰ってくれたらうれしいです」

講習会の意義をこのように語る高橋課長。参加者からは「勉強になって良かった」などの声が聞かれ、参加者同士で意見交換する姿も見られるといいます。




“みんなの庭”として区民も管理に参加


街路樹をはじめ緑の維持管理に携わるのは行政と建設業者だけではありません。

江戸川区は、区民がまち全体を自分たちの財産として守っていってもらいたいと、2004年から「アダプト制度」と呼ばれるボランティア制度を始めました。道路や公園、水辺など身近な公共スペースの清掃・美化活動に取り組む区民を区が支援する制度で、多くの区民が参加してゴミ拾いや落ち葉の清掃、草取り、花の手入れといった活動を行っています。ボランティアは登録制で、現在は1万691人(2023年4月1日時点)が登録しています。



植樹帯で花植えなどを行うボランティアの様子(江戸川区提供)


「維持管理にご協力いただいているのはもちろんですが、一番は緑に触れてもらい、愛着を持ってもらうこと。まち全体を“みんなの庭”としてみんなできれいにする、そうした活動から、緑やまちへの愛着も生まれ、また区民同士のコミュニケーションの場にもなります」(高橋課長)

また、ボランティアをきっかけに区内のさまざまな施設を使用し、まちのことを知ってほしいとも高橋課長は話します。

「例えば区内の公園では、防災用の井戸やトイレの整備を進めていますが、現地に行って見てみないと、それらの実際の様子は伝わりません。ボランティアをきっかけに公園を訪れ、防災設備を知ることができれば、もしもの時に役立ちます。できるだけ多くの方にまちに関わっていただけるよう、ボランティアの登録者数も増やしていきたいと頑張っているところです」




量を維持しつつ質の向上に取り組む指針づくり


このように、行政・事業者・住民が一体となって、緑化を推進してきた江戸川区ですが、「緑が増えればその分のデメリットがあるのも事実」(高橋課長)だといいます。

「例えば、街路樹の枝や根上がりによる越境問題や、落ち葉や虫に関する陳情を区民の方からいただくことも増えています。整備から30~40年が経過し、大径木化や老朽化が進んでいるものも多く、根上がりして植樹桝をはみ出したり、歩道がでこぼこになってしまったり、通行の妨げになっているケースも出てきています」(高橋課長)

根が大きくなって隣接する宅地内に侵入するなど、樹木が大きくなったが故に起きる弊害もあり、「木が大きくなるに連れて、住民の方からいただくお声の内容も、特にここ10年くらいで変わってきています」(遠藤さん)。さらに、樹種の特徴にまつわる次のような意外な変化を遠藤さんが語ってくれました。

「江戸川区の木であるクスノキは区内に多く植えられているのですが、常緑樹なので基本的には5月くらいに少し葉っぱを落とす程度で、これまではそれほど落葉の陳情のもとになるような樹種ではありませんでした。ところが、近年は年間を通して異常な落葉が報告されるようになり、それで住民の方にご迷惑をおかけしてしまうことが増えています。また、虫がつかないことで有名だったクスノキに虫がつくようになったり…。原因はわかりませんが、地球温暖化の影響なのでしょうか…」



紅葉するクスノキの葉。近年、異常な落葉が見られるという(江戸川区提供)


これまで緑の“量”を増やすことに重点を置いてきたという江戸川区の緑化政策。陳情を受ければ、区と担当業者で協議しながら対応に当たってきたといいますが、上記のような時代による変化も踏まえ、これからは“量を維持しつつ質の向上”にもっと取り組んでいきたいと考えています。

そこでまず、2024年度に着手予定なのが『江戸川区街路樹指針 新しい街路樹デザイン』の改定です。2009年の策定から10年以上が経過した同指針。街路樹の路線別目標樹形などを定めた現状の方針は踏襲しつつ、老朽化対策や新設・更新時の方針なども盛り込み、持続的な緑化政策を推進するための“一歩踏み込んだ”指針を策定する想定です。



「古い木だからといって簡単に切っていいのかというと、もちろんそんなことはありませんが、台風によって倒木し事故につながるようなこともあってはいけません。また、新しい木を植える場合にはどの樹種が適切なのか、いろんな意見があります。さまざまな議論がある中で、計画的な維持管理を行うための指針として、区民の皆さんの声、そして日々樹木を管理していただいている業者の方々の意見やノウハウも取り入れて、しっかり決めていきたいと考えています」(高橋課長)




まちの“財産”として愛される緑へ


江戸川区はかつて、農地が広がる自然豊かなまちでしたが、高度経済成長により急激に都市化が進み、多くの緑が失われたといいます。そうした歴史を背景に、江戸川区の緑化運動はスタートしました。下水道の普及とともに、不用となった水路は埋め立てて歩道にし、緑道・並木道として整備。街路樹本数は飛躍的に増加しました。



『江戸川区街路樹指針 新しい街路樹デザイン』をもとに編集部作成


街路樹には、【通行時の視線誘導など交通安全の向上】【まちの美観を調和する景観向上】【騒音や排ガスをやわらげたり、ヒートアイランド現象を緩和したりする環境保全】など、さまざまな役割があります。地球温暖化の進行や生物多様性の損失といった問題が叫ばれる昨今、街路樹の重要性はますます高まっていくと考えられます。

「街路樹の取り組みで大切なのは合意形成です。いろいろなご意見がある中で、偏った対応になってはいけませんし、決めた方針に基づいて、住民の方にしっかりとご説明しながら、ご理解いただいたうえで整備する必要があります。街路樹のさまざまな機能を生かすためにも、そうやって“みんなで”取り組んでいきたいと思っています」(高橋課長)

そして、日々の管理業務を担う建設業者に対する思いを高橋課長は次のように話します。

「区内業者の皆さんは本当に一生懸命、愛着を持って、真摯に取り組んでいただいています。災害時にはすぐ出動できるように待機して、倒木があれば我々と一緒に現場に駆けつけて切ってくれる。だから元通りに通行できるようになる。そんな地域のためにプライドを持ってやっていただいている姿勢が、地域や建設業界の活性化につながってほしいと思います。ただ、建設業界において人手不足は大きな課題です。そのためにも、若手が意欲を持って活躍して、子どもたちに『かっこいいね』と言ってもらえるような仕事をぜひ続けてほしいですね」



台風による倒木の処理には管理業務の受注者が駆けつける(江戸川区提供)


樹木を“迷惑施設”ではなくまちの“財産”として愛してもらいたい――。
江戸川区では、そうした行政の思いが建設業者、そして住民に広がり、一体となって維持管理を続けてきました。

「街路樹をはじめ緑は行政のものではなく、“みんなのもの”です。今後も建設業者さんやボランティアの皆さんの力を借りながら、量を維持しつつ質の向上を図る緑化政策に取り組みます」(高橋課長)

街路樹管理の先進地域・江戸川区の取り組みは今後も注目です。


(建設データブログ編集部)

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