「事業承継」をカル~イ感じで勉強してみた NO.11

司法書士コラム

事業承継の手段① 家族信託



事業承継で株価を下げると、会社経営状況が悪くなるので、かえって危険であるとのお話をしました。もちろん使い方次第です。水が毒になる事もあれば、劇薬だって薬として使える事もあるのですから。

そういう意味では、使い方次第ですが「分社」と言う手段があります。株価を落とす方法ですが、経営者の皆さんは魅力を感じるようです。

続いて、株価を落とさないで事業承継をする方法を考えてみます。

それは「家族信託」を利用する方法です。家族信託は認知症対策として使われる事が多いのですが、事業承継の手段としても有用なのです。

家族信託を使えば、株価を落とすことなく難しい事業承継を簡単に解決できます。

4人が事業承継の手段を考えています。




分社の効能



イタチ

会社の「分社」という言葉をよく聞くのだけど、それは何だろう?



タヌ川

複数の事業を持つ会社を事業によって分けること なんだよ。



コン田

確かに、会社を2つに分ければ、規模は小さくなるよね。



タヌ川

そうだね。事業承継でも使える方法だから考えてみようか。



例えば、菓子の製造販売業の会社で、資産の多くが工場施設(不動産)の場合を想定してみましょう。

株価が高いのは工場施設(不動産)のせいなので、不動産を元の会社に残して、菓子製造販売業だけを分社するのです。

事業だけなら資産が下がるから、株価も下がりますね。



コン田

場所にもよるけど、不動産は資産価値の多くを占めるから、不動産がなければ、純資産額は確かに減るね。



タヌ川

不動産に限らず、資産価値の高いもの分離して、事業を分化してしまえば、株価は下がるからね。



サル富

それは良い!この分社の方法はどうなの?



事業承継としての分社は、下記の2つになります。

① 事業譲渡
契約で、事業「資産・負債・契約」の全部または一部を承継者に売買又は賃貸借をする方法だよ。
まずは、承継者が合同会社か株式会社を作っておくんだ。そこに事業譲渡をするのさ。
もちろん、事業譲渡の代金は払うけど、不動産がなくて事業だけなら、価値はそれほど高くはならないでしょう。譲渡会社に競業避止義務が生じるけど、もともと事業を承継したいのだから、競業をする事もないだろうから問題ないと思うよ。

② 会社分割
会社の特定事業についての権利義務の全部または一部を、包括的に別の会社に承継させる組織再編行為だよ。
「吸収分割」は、既存会社に承継させるので事業譲渡と同じやり方だね。先に会社を作っておくんだ。
「新設分割」は分割によって新しい会社を設立するので、後からの個別の承継行為はいらないよ。



事業譲渡と会社分割の2つの比較をしてみましょう。



「分社」を使えば、2人以上に事業を分けて承継したい時にも可能です。

でも、やはり、会社の経済的体力を弱くしての事業承継になるので回復までに時間がかかり、場合によってはダメージも大きいと言えるでしょう。

サル富

じゃあ、会社の体力的に問題がない事業承継の方法はないのかな?



家族信託を利用する



タヌ川

あるよ!それが、家族信託を使う方法だね。



サル富

カゾクシンタク?確か、認知症対策に使う手段だよね?



コン田

そうそう、認知症対策として、遺言や後見制度と一緒に家族信託は考えるよね。



サル富

そうなの?それはビックリだね。家族信託はいろいろな場面で使える事は聞いていたけど、会社にまで使えるのだね。



イタチ

それじゃあ、タヌ川ちゃん、家族信託の基本的な説明をしてくれるかな。



タヌ川

家族信託というのは、「私のお金(財産)をあなたに託します。だから、私達を守って下さいね。」という「契約」の事なんだ。



サル富

自分を守ってくれる人と契約して、財産を預ける契約だったよね。



そのとおりです。簡単に言うと、自分の財産を家族(家族同様に信頼関係のある人)名義に変更するという方法で、名義だけを預かってもらうのです。

少し難しく言うと、「所有権」を「名義」と「受益権」の2つに分けて、「名義」を家族に預けて、「受益権」を自分で持っておくということです。

家族信託を頼む人を「委託者」、信託で利益を受ける人を「受益者」、頼まれる人を「受託者」、信託で預ける財産を「信託財産」といいます。



「委託者」=財産を持っていて、その財産の信託をお願いする人。
自分のために信託する場合(自益信託)には、自分を「受益者」にします。

「受益者」=信託契約によって利益を受ける人。
委託者でなくても可。例えば、障害のある自分の子供でも良い。

「受託者」=信託契約によって、委託者から信託財産を預かる人。
信頼できる人なら家族でなくても大丈夫。でも、信託業法があるから、司法書士さんでも、仕事で家族信託の受託者になる事はできません。
仕事で受託者になる場合は商事信託といいます。例えば、信託銀行です。



サル富

これを事業承継に使うと何ができるのかな?



タヌ川

認知症による「株式」の凍結問題を解決できるね。



サル富

どういうこと?



タヌ川

100%株主の社長が認知症になったら、何に困ると思う?



コン田

社長が認知症になったら、取引先との交渉や金融機関との交渉、特に金利や借り換えの交渉には困るよね。



確かに困りますね。

でもある程度の範囲なら、権限の内部分掌で、社長さんから専務さんや担当部長さんが、事前に包括的な委任を受けている事が多いので、一時的には乗り切れることもあります。


イタチ

そうすると、社長が株主のままだという事が問題になるのだね?



そのとおりです。株主は株主総会で議決権を行使しますよね。

認知症だと議決権を行使できません。議決権行使の委任をしたくても認知症では委任もできない。一時的にも乗り切る事ができないのです。

それは株主総会が成立しない事を意味し、そうなると、任期が来た役員の改選ができなくなるのです。

それはつまり、いつまでも代表取締役の交代ができなくなる事になります。

そうなると、権限の内部分掌で事前に一時的な包括的委任が続かなくなります。

例えば、定款変更のような重要事項は、株主総会の決議が必要になるのだけど、その決議ができなります。それは、業務の停止になりますからね。


サル富

それはオオゴトだよね。



タヌ川

そこで、株式を家族信託するんだ。社長さんが、後継者に株式を信託するんだよ。委託者兼受益者が社長さんで、受託者を後継者にするんだ。

そうすると、株式の「名義」は後継者になるから、社長が認知症になっても、株式名義人である後継者が議決権を行使できるので株主総会は成立するんだよ。



コン田

なるほどね。でも、他の方法ではできないのかな?



タヌ川

考えてみよう。



①遺言= 遺言は亡くなった後の株式の移転には使えるから、相続の準備としては良いけど、認知症の期間には遺言は効力がないから、株式の認知症対策としては機能しないね。

②後見制度= これは、社長個人を守るための制度だから、会社経営には向かない。法定後見人に、会社経営ができるとも思えないしね。

③売買・贈与= 売買だと後継者が購入資金を準備するのが大変だね。贈与だと、贈与税のコストが障害になるよ。しかも、いずれも、株式の確定的な移転になるから、しばらく経営者としての様子を見て、不適格なら別の後継者にしたいと思っても、一度移転した株式は社長の一存だけでは戻すことはできないよね。




家族信託の指図権



イタチ

そうか、家族信託なら、どんなメリットがあるのかな?



①まず、生前に準備できるよね。だから、後継者のとしての教育機関を長く取れるね。

②名義を変えることに費用が不要だよ。しかも税金もかからない。名義は承継者に移転するけど、実質的に利益は受益者に残っているから、贈与にならないんだ。

③後継者が、経営者としての経験不足で、先代社長が様子を見たければ「指図権」(※)を利用すればよいのだよ。後継者社長は、指図権者の先代社長からの指図に従わなくてはならないので、先代社長がフォローを続けることができるよ。

④もしも、後継者が新社長に相応しくない判断をした時には、先代社長の一存で家族信託を止められる設計にしておけばよいのさ。



サル富

でも、指図権者が認知症になったら、指図できなくなるよ。

そうしたら、指図がないと言う理由で、承継者は議決権行使ができなくなるのかな?



タヌ川

それを回避するために、指図権を付ける時には、例えば、「受託者から通知をして、一定の日までに指図がない時には、受託者が議決権を行使できる」としておくのさ。




※ 「指図権」というのは、家族信託をすることで信託財産の処分や管理を受託者に与えてあるのですが、特定の事項についてだけ、受託者の権限を制限して、委託者または受益者が指図できる権限のことです。家族信託の契約書の中で定められ、受託者は指図権者の指図に従わなくてはなりません。


サル富

指図権というのは便利なのだね。事業承継に家族信託を使う他の事例をもう少し教えてくれないかな。



タヌ川

そうだね。





家族信託の使用例



①幹部社員を後継者にしたい
家族信託という名前だけど、家族に限定するわけではないのです。 だから、例えば、会社経営で長年苦労を共にしてきた幹部社員を、後継者にしたい時も使えます。 社長が委託者兼受益者で、幹部社員を受託者、指図権者を社長にしておく。指図権の行使ができなくなったら、受託者が議決権を行使できるようにしておけば、議決権の凍結はしません。

そして、第2受益者をその後継者にしておけば、社長が亡くなった時は後継者へ受益権が移転することになります。株式は相続されないから、株主が散在する事態になる事を避けられます。相続人ではないから、贈与税や遺留分の問題はありますが、それは生命保険とか別の手段で対応する事を考えればよいですね。



コン田

そうしたら、僕の有限会社安土桃山では、現在、重役さんの明智の光ちゃんに家族信託をすればよいのだね。



サル富

本能寺の前にしておけばよかったね。



コン田

ん?・・・・・だね。




②会社が無償使用している社長の個人所有の不動産の継続使用
中小企業の場合には、社長のパーソナリティーに依存するところが多く、創業社長の場合には、個人資産を会社に無償提供している事が多いですね。

社長が元気な時は、問題ないけど、もしも社長が亡くなって会社に関係ない人に相続されたら、会社は継続使用ができなくなりますね。それを回避したい。そこで、不動産を信託財産とし、社長を委託者兼受益者、会社(法人)を受託者とする。会社の株式は後継者に家族信託をしておいて、社長と会社での間で、当該不動産の賃貸借契約を締結します。(低価格で契約又は死亡を停止条件とする)


③社長の重責をおろして隠居生活をしたい
昔は家督相続と隠居制度があり、相続税も高くなかったので、隠居ができたのだけど、今は、家督相続も隠居制度もないから無理なんだ。でも、生前贈与や売買をしなくても家族信託を使えば、設計時に費用を使うことなく、税金もかからずに、社長の席を交代する事ができるのです。

社長を委託者兼受益者にして、第2受益者を後継者にしておけば、その後、元社長が亡くなれば受益権が後継者に移転するので、家族信託を解除すれば、株式を確定的に後継者に移動する事ができます。ただし、受益権の移転の時には、相続税や贈与税の問題は出てきます。


イタチ

自分の株式会社独眼竜では、早々に隠居を考えているから、ぜひ、使わせてもらうね。




④後継者を育てたい
長男を後継者に育てるために、学校の卒業後は先ずは入社してもらい、5年程会社で修業をしてから取締役として、その後から、代表取締役にしたい。しかし、まだ、20代後半では少し心配がある。そこで、後継者候補になった時に指図権付で株式を家族信託します。


イタチ

あっ!タヌ川ちゃんはこれを使ったね。僕は秀忠君や家光君の教育係として長く務めたからわかるよ。タヌ川ちゃんが、後ろで指図をしていたからね(笑)




⑤発想の転換で逆信託をする
例えば、株価が安くなって、贈与税がかからない時に思い切って、株式全部を後継候補者に贈与する。そして、逆に、後継候補者を委託者兼受益者とし、社長を受託者とする家族信託を設計する。そうすると、株式は移転済みですが、議決権は社長が行使することになります。次期が来たら、家族信託を解除すれば、後継者に株式が戻ります。



コン田

それなら、一度は信忠に譲ったけど、逆信託で、僕に議決権だけを戻すこともできるのだね。



サル富

え~?また魔王コン田ちゃんが復活するの?なんだかな~。

イタチ

いろいろな場面で事業承継に家族信託を使えるのだね。しかも税金もかからずにできるから、助かるよね。



タヌ川

これからは、家族信託を利用する事業承継を考えるとよいね。でも、難しい部分もあるから、専門家に相談しながら利用した方が良いよ。



イタチ

タヌ川ちゃん、今日はありがとう。よく分かったよ。





コラムを読んで、参考になった!と思った方は、

小冊子「親と子供の未来を守る家族信託物語 認知症と「お金」の話」もぜひ読んでみてくださいね。




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