区道延長は23区最長!世田谷区による効率的な道路維持管理への挑戦
世田谷区内を走る希望ヶ丘通り(写真提供:世田谷区)
東京23区の中で、特別区道の総延長が最も長い区はどこかご存じですか?
答えは、世田谷区です。計1,095km(2023年4月現在)もの特別区道を有しており、この膨大な道路ストックを効率的に維持管理するため、区ではさまざまな施策に取り組んでいます。
2024年度からは、「My City Report(マイシティレポート、MCR)コンソーシアム」が運営する2つのシステムを導入。1つは、AI(人工知能)によって道路の損傷箇所を検出するシステムで、これを活用して、これまで区の職員が担当していた道路パトロール業務を外部委託する計画です。また、区民からの道路損傷等に関する通報をスマートフォンで共有できるシステムも本格採用しました。
社会インフラの老朽化が全国で課題となる中、建設業界や行政職員の担い手不足、さらには労務単価・資材価格の高騰など、インフラの維持管理における課題は山積しています。この状況に、23区一の区道を持つ世田谷区はどのように立ち向かっているのでしょうか。土木計画調整課の春日谷尚之課長と詫摩武重係長にお話を伺いました。
道路パトロール業務にAI活用、今秋には外部委託へ
主要な区道の1つ、二子玉川公園通り(世田谷区提供)
東京都世田谷区が導入したのは、道路管理者向けアプリ「Road Managers(以下、RM)」と市民協働用アプリ「My City Report for Citizens(以下、MCR)」の2つ。
東京大学などにより研究・開発された自治体向けのサービスで、東大発のスタートアップ・株式会社アーバンエックステクノロジーズ(東京都中央区)が事務局を務めるMCRコンソーシアムが運営しています。東京都や都内特別区をはじめ、全国の自治体で導入が広がっているサービスです。
RMは、専用アプリを搭載したスマホを車両に設置して道路を走行することで、AIがポットホールやひび割れなど路面の損傷を自動で検出、損傷箇所の位置情報と画像を記録するシステムです。目視による損傷確認をAIに置き換えて見落としを減らし、正確な状況把握と業務の効率化につながることが期待されています。
Road Managersの概要(「My City Report これまでの研究の取り組み」より)
区では2024年4月にこのシステムを導入し、区内に5つある土木管理事務所の職員が道路状況を確認するために日常的に行う「道路パトロール(巡回)業務」で活用を始めました。4月からこれまで(※取材時:2024年8月)に計約500km、すなわち区が管理する特別区道のおおむね半分で、道路の損傷状況などの確認作業を実施しています。
区は今秋から、区職員が行ってきたこの道路パトロール業務を外部委託する方向で調整を進めており、業務時には委託先業者にRMを活用してもらう計画です。
「各土木管理事務所の職員はさまざまな業務を抱えて多忙な中、道路パトロールも進めなければならない状況でした。区全体としても、ますます多様化する行政課題に対応していくために、積極的にアウトソーシングを活用しようという方針があり、道路パトロール業務もその一環として、外部委託に向けて動いているところです」
そう話すのは、世田谷区土木計画調整課の詫摩武重係長。AI技術の導入と外部委託によって道路の巡回点検をこれまで以上に充実化し、損傷箇所の早期発見・早期対応に取り組むねらいです。
アプリ導入で道路維持管理への区民参画を促進
もう1つのMCRも、道路損傷箇所などの早期発見に効果が期待されているシステムです。
これは、市民が発見した道路の損傷や異常などに関する情報をスマホアプリで自治体に通報することができるサービス。現場の様子を記録した写真と位置情報を送信する仕様で、不具合の状況や程度、場所を正確に伝えることができます。
世田谷区では、同アプリで通報を受けると、まず区の職員が現場を確認し、職員の手で補修できるものは直したり、建設業者に依頼したりするなど、ケースバイケースで対応を検討しているそうです。
MCRによる通報のイメージ(世田谷区HPより)
2023年度に1年間、他サービスとも比較して試験的に導入し、2024年度から本格導入を決めました。これまでの同アプリによる通報の傾向を見ると、平日の夜間や土日祝日の投稿が増えているといい、詫摩係長は「役所の閉庁時間でも通報が可能になり、通報機会の拡大につながっている」と手ごたえを語ります。
これまで、道路に関する区民などからの通報は年間約3000件もあったそうで、MCRは従来の電話での通報に比べて、対応業務の効率化や負担軽減といった効果も期待されています。
「今後、数年単位で見てMCRの投稿数が増加し、従来の電話通報の件数が減るような傾向が出てくると、そのような効果も評価できるようになるでしょう。いまはまず、アプリの登録者数や投稿数を増やして、道路の維持管理に区民参画を促すことが次の展開だと考えています」(詫摩係長)
五輪やコロナに翻弄された舗装更新計画
世田谷区は2018年3月、限られた財源の中で区道を適切に管理していくための計画として「舗装更新計画」を策定。【点検→診断→措置→記録→点検→…】というメンテナンスサイクルを構築し、予防保全型管理によって、舗装の修繕時期が将来的に集中しないよう平準化を図るなど、計画的かつ効率的な舗装の修繕や長寿命化に取り組んでいます。
メンテナンスサイクルのイメージ(「世田谷区舗装更新計画」より)
具体的な計画としては、約1,090kmある特別区道のうち、バス路線や緊急輸送道路など計約150kmを『主要な区道』、それ以外の約940kmを『その他の区道』に分類。舗装の劣化具合などから、修繕箇所と年度ごとの目標舗装更新面積を定めました。
その目標値と施工実績をまとめたのが次の表です。
(表1)舗装更新計画の年度別目標値と施工実績(単位:万㎡)
世田谷区提供資料をもとに編集部作成
初年度の2018年度はおおむね計画どおりの実績となりましたが、翌2019年度は目標を下回る結果に。この年は入札不調が多発したことで、予定していたうち主要区道1.2万㎡分、その他区道は0.2万㎡分の舗装更新工事が発注できなかったといいます。
これを受け、世田谷区は入札不調の要因を調べるため、区の入札参加資格を持ち、優先業種を土木で登録している建設業者にアンケートを実施。
その結果、入札を辞退したことがある業者の多くは、【技術者不足】【作業員不足】【人件費の高騰】などが大きな要因だったと回答し、“人手不足”が背景にあることがわかりました。この年は、東京オリンピック・パラリンピックに向けた準備がピークを迎えていた時期でもあり、「『民間工事が多く、公共事業に人手を割けなかった』というようなご意見もいただきました」と詫摩係長は振り返ります。
また、2020~2021年度は新型コロナウイルスの影響で事業の見直しが必要となり、工事量が減少。結果的に2018~2023年度の実績は、当初の目標値からすると2/3程度の達成率になってしまいました。
しかしながら、五輪需要は落ち着き、施工時期の平準化などの対策に取り組んだこともあって、2019年度以外で入札不調が多発するようなことはなくなったそう。
「さまざまな事情により、ちょっと出鼻をくじかれた感じにはなりましたが、2022年度からようやく状況が少し改善してきました」と詫摩係長。これからさらに効率化を図り、計画を着実に進めていく考えです。
半永久舗装で50年総額470億円も更新費用を削減
舗装更新や維持管理のさらなる効率化を目指し、世田谷区はさまざまな手法や新技術の活用に取り組んでいます。
舗装更新計画では、舗装の長寿命化を図ることによってライフサイクルコストを抑制する方針を掲げていますが、そのために、バス路線や緊急輸送道路などの『主要な区道』を対象に導入しているのが「半永久舗装」という概念です。
半永久舗装とは、「舗装の更新を行う際、舗装構造を50年分の大型車交通にも耐えられるよう設計すれば、更新後は表面の軽微な補修を行うのみで、50年以上機能を維持することができる」という考え方のこと。
半永久舗装対応済みと未対応の場合の損傷のイメージ(「世田谷区舗装更新計画」より)
舗装構造の設計には、一般的に用いられる「経験的設計法(TA法)」ではなく「理論的設計法」という手法を採用。FWD調査(路面のたわみを測定する調査)などにより現在の舗装各層の状態を把握したうえで、交通量調査の結果から50年間の累積交通量を想定し、理論上、それに耐えられる最適な構造と修繕方法を導き出すというものです。
50年以上使い続けるためには舗装構造を強化する必要があり、最初の更新費用は高くなってしまいますが、それ以降は、表面にわだちやひび割れなどが生じた際に表層更新を行うのみで対応でき、結果的にライフサイクルコストを抑えることができます。
区では、半永久舗装による管理手法を導入することで、従来の手法に比べ、50年間総額で470億円も更新費用を削減できると試算しています。
その他、舗装の更新時には各所の状況や課題に応じて、改質アスファルトなど最適な材料を採用。「新しい工法や製品も部分的に使いながら、そこで起きている課題を技術の力で解決できるよう、トライしているところです」(詫摩係長)
前述のMCRやRMも新技術を活用した業務効率化の1つです。RMは、上記で紹介した道路パトロール業務の支援だけでなく、路面性状調査に代わって簡易の評価を行うサービスも提供されています。舗装管理のために定期的に行う必要がある同調査は従来、専用車両を用いて行いますが、RMの導入により“スマホと一般車両”のみで実施可能になるため、コストの縮減につながります。
このようなDX(デジタルトランスフォーメーション)の推進も、維持管理のさらなる効率化、道路の安全性向上に向けて取り入れていく方針です。
建設業は“生活を支える”仕事
こうした手法や新技術の導入を実現するためには、“建設業の技術”が欠かせません。
春日谷尚之・土木計画調整課長は、そのためにも、建設業の労働環境改善に向けて行政としてできることに取り組んでいきたいとし、「区民の皆さんや我々が日々使っている道路は、建設業者さんが整備してくれているものであって、建設業は本当に“生活を支える”仕事です。そういったところをもっと多くの人に知っていただくことも大事だと思っています」と話します。
左は良好な状態の舗装。老朽化が進むと右のようにひび割れなどが生じてしまう。利用者が快適に通行できるよう、区と建設業者で随時更新に取り組んでいる(世田谷区提供)
世田谷区は現在、東京23区で最多となる90万人強の人口を抱えていますが、将来的には減少傾向になることが予想されています。また近年は、ふるさと納税の影響で税収が減少しており、減少額は年々拡大しています。そのような状況においても、当然のことながら、管理する施設の量が急激に変わることはありません。
「アウトソーシングなどを活用しながら、施設管理をいかに効率化していくかが、今後の大きなテーマです」と詫摩係長。世田谷区による道路維持管理の挑戦はまだまだ続きます。
(建設データブログ編集部)