神宮外苑再開発の何が問題なのか?|一級建築士による建設アラカルト
【Written by 独学一級建築士 nandskさん】
2024年6月20日に告示となった東京都知事選(7月7日投開票)。過去最多の56人が立候補していますが、中でも現職の小池百合子氏と前参議院議員の蓮舫氏の対立構造がメディアを沸かせています。
公約には少子化対策や災害対策などが盛り込まれていますが、明治神宮外苑の再開発について、小池氏と蓮舫氏の主張が異なっており、蓮舫氏は神宮外苑の再開発の見直しを公約に掲げています。
今回は、この神宮外苑の再開発について見ていきましょう。
明治神宮外苑の概要
まずは神宮外苑の概要を見ていきます。
歴史
神宮外苑は明治天皇と昭憲皇太后のご遺徳を永く後世に伝えるため、旧青山練兵場跡に造営が計画され、聖徳記念絵画館、明治神宮野球場などが1926年(大正15年)に造られたのが始まりです。その後、戦後のGHQによる接収を経て、秩父宮ラグビー場やテニスコート、第二球場などができ、1970年(昭和45年)にはほぼ今の形に整備されました。
立地
神宮外苑は東京都新宿区と港区にまたがり、その広大な敷地は約30haにも及びます。JR中央線の信濃町駅、千駄ヶ谷駅、地下鉄の国立競技場駅、青山一丁目駅に隣接し、まさに都心の一等地です。
すぐ北には新宿御苑、東には赤坂御用地、南には青山霊園があり、都心でありながら緑の多いエリアです。また、明治神宮野球場や秩父宮ラグビー場といったスポーツ施設が整備され、さらには神宮外苑外ではあるものの国立競技場も同エリア内にあり、スポーツクラスターを形成する地域でもあります。
神宮外苑再開発について
ではここから神宮外苑の再開発事業について見ていきましょう。
事業主は明治神宮
今回の再開発の事業者は宗教法人明治神宮をはじめとする4者。地主である明治神宮を中心に、東京本社ビルが隣接する伊藤忠商事株式会社、再開発事業を行うデベロッパーの三井不動産株式会社、スポーツ施設の改修を行う独立行政法人日本スポーツ振興センターが参加しています。
なぜ再開発が必要なのか?
大正時代からある神宮外苑の施設は老朽化が激しくなっています。スポーツ施設も古く、座席や飲食施設などはレトロなものになっており、昨今のスポーツ観戦人気を牽引する最新のスタジアムやアリーナと比べると、大きく劣っているのが現状です。
また、バリアフリーやユニバーサルデザインへの対応も不十分で、こういった諸問題を解決するために再開発で大きくリニューアルすることが計画されています。
費用捻出のために
明治神宮(内苑・外苑)には多くの緑が保全されていますが、年間の維持費は10億円以上とも言われています。さらに、老朽化が進んだ諸施設は耐震改修などが必要で、多額の費用がかかることが見込まれます。
しかし、神社としての収益は少なく、お賽銭などによる収入は全体の1割程度で、結婚式場利用やスポーツ施設の売上で各施設の維持管理費を捻出しているというのが実態だといいます。再開発にかかる費用は3000億円以上と言われる中、宗教法人である明治神宮には公金を投入することが禁止されており、長らく老朽化した施設のままで運営してきました。
そんな折に、隣接する伊藤忠商事の東京本社ビル建て替えと三井不動産の再開発事業の動きがあり、それに神宮外苑の施設改修を絡めることで、明治神宮は改修費用を捻出できるようになり、今の神宮外苑の再開発が計画されたのです。
樹木伐採への反対運動
都知事選挙で話題になる以前にも、神宮外苑の再開発はたびたびニュースで取り上げられてきました。それは、再開発で行われる神宮外苑の樹木伐採に対して住民が反対運動をしているといったものでした。
実際に、再開発により既存樹木約1000本が伐採される計画で、これに反対する声は著名人からも上がりました。神宮外苑はイチョウ並木が名所にもなっており、緑の保存については再開発の大きなポイントになっています。
ただし、再開発で伐採する樹木数は見直され、当初計画よりも少なくなっているほか、植樹などを行うことで工事完了後には現状よりも樹木数が増え、緑地面積も5%増加する計画とされています。
神宮外苑と都市計画
神宮外苑は都市計画公園に指定されています。これは、行政が将来的に公園として整備・開発する必要がある区域を定め、区域内での建築行為などに一定の制限を設けるものです。また、風致地区にも指定され、樹林地や水辺地などで構成された良好な自然的景観を維持することが必要な区域とされています。
このように、神宮外苑は都市の緑地や景観を守るために様々な指定がされているエリアなのです。
再開発手法と公共的な貢献
都市計画の指定により一定の制限がある神宮外苑ですが、制限内で再開発を行うために、今回の事業では「公園まちづくり制度」や「再開発等促進区を定める地区計画」を活用。行政の指導を受けながら、利益を追求するだけでなく、緑とオープンスペースの創出や公共貢献にもつながる再開発を行う計画です。
例えば、住民に開放されるオープンスペースの割合は現状の21%から44%と倍以上に広がり、災害時には広域避難場所として防災性の向上にも寄与します。前述のとおり、緑地面積も増加します。
地下鉄駅からのバリアフリー動線や歩行者専用デッキの整備などもあり、地域への貢献は大きなものとなっています。建物別に見ても、老朽化した建物の耐震化だけでなく、スタジアム併設ホテルやイベント開催ができる文化交流施設などを造ることで、地域の賑わいにつながることでしょう。
まとめ
再開発については既存樹木の伐採やオフィス・ホテルが神宮外苑にできることに難色を示す意見もあります。明治神宮という宗教法人が改修費用を捻出するためとは言え、伊藤忠商事や三井不動産といった民間企業と共同で再開発を行うこと自体、良くないという考え方もあります。
民間企業は利益追求が必要なため、再開発でオフィスやホテルといった施設を入れないと事業採算性が合いません。ただ、利益を追求するだけではなく、イチョウ並木など保存する部分は残し、時代に合わせてスタジアムホテルを建設するなど、都心ならではの施設整備が計画され、公共的な貢献も評価されている事業です。
明治神宮という歴史ある施設だけに、再開発に対する意見は様々かと思いますが、大きく変わる神宮外苑を楽しみにしたいと思います。
【独学一級建築士 nandskさん】
独学により一級建築士に合格。住宅やアパートの設計・工事監理、特殊建築物の維持管理、公共施設の工事設計・監督の経験あり。二級、一級建築士試験受験者へのアドバイスも行っている。『建築の楽しさを多くの人に知ってもらいたい』と話す。