建設業でも注目の生物多様性とは? 八王子市「生きもの展示室」で勉強してきた!
生物多様性について楽しく学べるユニークな施設が東京都八王子市にあると聞き、行ってきました。
生物多様性とは、すべての生き物にはそれぞれの個性があり、互いに何らかの形で影響を与え合って生きている状態のこと。
生物多様性への関心は今、世界的に高まっており、建設業界においても注目ワードの1つです。
(※取材内容・肩書は取材当時のものです)
元・入浴施設をDIYで改装!?
やってきたのはこちら。
JR八王子駅から徒歩約20分のところにある、八王子市北野環境学習センター「あったかホール」。八王子市民の環境学習・環境活動の拠点施設です。
ここの3階にあるのが、
生物多様性について楽しく学べる「生きもの展示室」です。
近くを流れる浅川をはじめ、市内に生息する生き物を紹介・展示しています。八王子ならではの自然環境や生物多様性に親しんでもらおうと、2023年8月にオープンしました。
展示内容はその時々によって変わるとのことですが、取材時には約60種、幼体なども含めると200匹以上の生き物を展示していました(※2024年6月時点)。
オープンから2024年3月までの来館者数は約1万5000人。入場無料で誰でも利用でき、保育園の子どもたちや親子連れ、学生、大人まで、幅広い世代の方が来館しているそうです。
この「あったかホール」3階はもともと、隣接するごみ焼却施設・北野清掃工場の余熱を利用した高齢者向けの入浴施設だったそうですが、2022年に同工場が稼働を停止したことに伴い、入浴施設も閉鎖。改装して、生きもの展示室に生まれ変わりました。
改装作業の大半は、JVを組んでいる指定管理者のうち、生きもの展示室を管理・運営する「NPOフュージョン長池」の皆さんがDIYで行ったといいます。入浴施設時代の名残が随所に見られるのも見どころの1つです!
いざ、生きもの展示室の中へ!
ということで、同NPOの片山敦さんに生きもの展示室の中を案内していただきました。
じんべいルーム~廊下
まず、入口すぐのところにあるエリアが「じんべいルーム」。
ワークショップやセミナーなど、さまざまなイベントに使われるほか、普段は関連書籍を読んだり、生き物にまつわるゲームで遊んだりすることができます。
入浴施設だった時は、畳敷きの休憩スペースだったそうです。段差にはDIYでスロープを取り付け、バリアフリー化もされています。
廊下の壁には生物多様性についての解説パネルや質問コーナー!
生き物や自然に関する質問を投函すると、スタッフの方が回答して、このように貼り出してくれます。中には、専門知識を持ったスタッフの方でも回答に苦労するような難問もあるのだとか(笑)。
さとやま広場
廊下を進むと、いよいよ生き物たちの展示エリアへ。
まずはこちらの「さとやま広場」。壁面の大型パネルでは、市内を流れる浅川をモチーフに、上流から下流までの多様な生態系について解説しています。
珍しいピンクのキリギリス。
クワガタもいました!
市民の方から寄贈されたというキツネの剥製。市内に生息しているのだそうです。
こちらはカイコに関する展示です。
八王子は古くから養蚕や織物が盛んだったことから「桑都(そうと)」と呼ばれていたのだそう。カイコのエサである桑畑が広がっていたことにちなんでいます。
江戸時代には絹産業を基盤に宿場町として発展。周辺の村々から繭や生糸、織物が集まり、国外へ輸出するため横浜まで運ばれていました。この八王子-横浜間を結ぶ経路は「浜街道」と呼ばれ、後に「絹の道(シルクロード)」と名付けられました。日本にもシルクロードがあったんですね!
片山さん
「絹は生物多様性や自然のめぐみの代表例ですよね」
たしかに、カイコから人間にとっての高級品である絹が生み出され、まちの経済的発展の基盤になったわけです。また、カイコを育てるには桑の葉が欠かせません。これだけを見ても、いくつかの生き物が影響を与え合い、そしてその恩恵を受けていることがわかります。
さらに考えると、まちの発展に伴って土木や建築の仕事も賑わったことでしょう。生物多様性によるさまざまなつながりが見えてきます。
メダカルーム
さて、次に向かったのがこちらの「メダカルーム」。
ここはなんと、入浴施設の脱衣所だった場所です。
そして、ご覧ください。
洗面台がメダカの水槽に!なんともユニークな発想です。
片山さん
「水を換えるのがラクですよ(笑)」
ここで展示されているミナミメダカは在来種なのですが、厳密には他の種類のメダカの遺伝子も持っている可能性が高いとのこと。飼育用のメダカが放流されるなどした影響で、本来はこの地域にいないはずの種が持ち込まれ、交雑が進んでしまっているのだといいます。
人間によって本来の生態系が脅かされているということの一例。考えさせられます。
他にも浅川など八王子市内で捕まえた魚たちの水槽です。
オヤニラミなど本来は西日本に生息する種も市内で見つかっています。
トカゲルーム
お次のエリアは「トカゲルーム」。
お風呂場の浴槽を水槽として活用しています。
カジカガエル、トウキョウダルマガエル
アカハライモリの赤ちゃん、ヒガシニホントカゲ、ニホンカナヘビなど、さまざまな爬虫類や両生類が飼育されています。
スッポンもいました!こちらも市内で見つかったのだそうです。
マルベリー・ビオトープ
そして最後のエリアへ。
元・露天風呂を活用したビオトープ!
「マルベリー・ビオトープ」と名付けられ、「マルベリー」は英語で桑の実のこと。「桑都・八王子」にちなんだネーミングです。
片山さん
「植物は地元の子どもたちと一緒に植えました。自分たちの手で植えることで、子どもたちも愛着が湧きますよね。気になって様子を見に来てくれる子もいますよ」
露天風呂特有の飛び石も、間を埋めてフラット化。こちらもDIYでバリアフリーに対応しています。
片山さん
「この巣箱にはシジュウカラがいたのですが、少し前に飛び立っていきました。最近、ここで桑を育て始めたので、将来的には桑の実ができて、もっと鳥が集まる場所にできたらいいなと思っています」
展示はここまでなのですが、特別にバックヤードもお邪魔させていただくと…
今は展示をお休み中のウナギがいました!ウナギも市内に生息しているんですね。
生物多様性と建設業
生物多様性の「4つのめぐみ」と「4つの危機」
さて、ここまで「生きもの展示室」を見学してきましたが、私たちの身近にも貴重な生き物がたくさんいること、そしてそれらがさまざまな影響を与え合って生きていることがわかりました。
私たち人間をはじめ生き物たちは、それぞれに個性があり、直接的または間接的につながり合うことで、さまざまなめぐみを受けて暮らしているのです。
この生物多様性によって受けるさまざまなめぐみのことを「生態系サービス」といい、次の4つのタイプに分けられます。
- 生きものがうみだす大気と水(基盤サービス)
植物が酸素を生み、森林が水循環のバランスを整えるなど、生命の生存基盤は多くの生きものの営みによって支えられています。 - 暮らしの基礎(供給サービス)
毎日の食卓を彩る野菜などの食料はもちろん、新聞や本などの紙製品や医療品など、生きものの遺伝的な情報、機能や形態も私たちの生活の中で利用されています。 - 文化の多様性を支える(文化的サービス)
海に囲まれ、南北に長い国土と季節の変化に富む日本では、地域ごとに異なる自然と一体になって地域色豊かな伝統文化が育まれてきました。 - 自然に守られる私たちの暮らし(調整サービス)
豊かな森林や河川の保全は安全な水の確保や、山地災害の軽減、土壌流出防止など、私たちが安心して暮らせる環境の確保につながります。
では、今なぜ生物多様性が世界的に注目されているのでしょうか。
それは多くの生き物が絶滅の危機に瀕しているから。地球上には現在、約3000万種もの生き物が生息していると言われていますが、私たち人間の経済活動や環境破壊により、生き物たちの絶滅スピードを加速させてしまっているのです。
国の「生物多様性国家戦略」では、日本における生物多様性の直接的な損失要因を以下の「4つの危機」に整理しています。
- 第1の危機…開発や乱獲による種の減少・絶滅、生息・生育地の減少
- 第2の危機…里地里山などの手入れ不足による自然の質の低下
- 第3の危機…外来種などの持ち込みによる生態系のかく乱
- 第4の危機…地球環境の変化による危機
これらは当然のことながら建設業にも大きく関わる内容です。
建設業は私たちが快適に暮らすために必要不可欠な産業ですが、建設工事や開発行為の各工程において、さまざまな形で環境に負荷を与えてしまっているということは、事実として認識しなければならないでしょう。
環境施策の推進に欠かせない建設業の技術
近年は、環境に配慮した計画や設計、資材調達、施工技術なども確立され、建設業においても環境意識が高まっています。2023年には電動式の建設機械を「GX建設機械」として認定する国の制度もスタートしました。
八王子市環境政策課の安岡昭司課長は次のように話します。
安岡課長
「自然環境の保全と同時に、社会の発展を目指すこと、そのためには環境との調和を保つことが大変重要です。そして、国や行政が計画・施策をしっかりと立て、市民や事業者の皆様に周知していくことが大切だと考えています」
八王子市では2024年3月、市の環境基本計画を改定。「生物多様性の保全・活用は、環境問題全体に関わる」(安岡課長)という視点から、今回初めて全編を『生物多様性地域戦略』として位置づけました。市街地と自然が近接する八王子特有の環境を生かしながら、自然と共生できる社会づくりを目指すための方向性を示しています。
八王子市環境政策課・伊藤昭夫課長補佐
「同計画でも掲げているグリーンインフラの活用をはじめ、ZEB(ネット・ゼロ・エネルギー・ビルディング)やZEH(ネット・ゼロ・エネルギー・ハウス)などの施策に取り組むためには、建設業の技術が欠かせません。皆さんの力でぜひ環境施策を後押ししていただきたいと思います」
そう話す伊藤課長補佐は、環境や生物多様性への配慮は企業イメージにもつながるとし、「ぜひ積極的に取り組んでほしい」と話します。
自然に関わり続けるための仕組みづくり
NPOフュージョン長池の片山さんも次のように続けます。
片山さん
「近年は緑や自然を取り入れた建築も増えていますよね。それによって街中にも“森”ができ、多くの生き物が集まるようになるなど、開発前より生物多様性を高めている事例もあります。
これまで自然が少なかった街中こそ、新たに“森”をつくりあげることができる余地がある。こうした自然と共生するための開発技術は、これから建設業の皆さんにとって“売り”になるのではないでしょうか」
また、人と自然が共生するためには、人が自然に関わり続けることも重要だと片山さんは指摘。例えば、里山のように人の手が入ることで成り立ってきた自然は、人の手が入らなくなると荒地になり、生態系が崩れてしまうといいます。
片山さん
「街中の緑も同様に維持管理が必要です。建物や街に自然を取り入れる場合は、整備して終わりではなく、植物の手入れをコミュニティづくりに生かすなど、住民が維持管理に関わり続ける仕組みもセットで考えることが大切です。そして、そのような意識を醸成するためにも、身近にある自然や生き物の価値をもっと多くの人に知ってもらえたらと思っています」
おわりに
一般社団法人日本建設業連合会がまとめた「日建連 生物多様性行動指針」(2016年)では、生物多様性の保全に向けて以下の5つの指針を掲げています。
- 環境教育等を通じた理解促進
- 建設事業における環境配慮の取組み
- 資材等の調達における配慮
- 研究・技術開発の推進
- コミュニケーション/社会貢献活動
このうちの1つめ「環境教育等を通じた理解促進」について、「日建連 生物多様性行動指針 -解説と具体例-」(2017年)では、身近な自然観察、セミナーやイベントへの参加などを推奨しています。
生物多様性とは何か、生物多様性をなぜ守らなければいけないのか、生物多様性と建設業はどのように関係するのか――。
皆さんも身近な自然に触れたり、近くの学習施設を訪れたりして、あらためて考えてみてはいかがですか?
(建設データブログ編集部)